シェイクスピア

シェイクスピアについて綴るブログです
ドーバーへ

 

荒野には何もありません。

だから、荒野。

 

何もないけれども、人間が浄化される場、何もないが何もかもが詰まっている場、シェイクスピアはそういう風に荒野を設定しました。

 

3幕6場でリアは荒野の掘っ立て小屋に招じ入れられます。

 

そして、この小屋で荒野の法廷が開廷。

 

千匹の悪魔に真っ赤に焼けた金串を待たせ、

じゅうじゅうとあいつらに―

よし、やるぞ、火急かつ速やかにあいつらを法廷に召喚する、

さあ、お前たち、女狐ども!

 

と、リアが叫ぶと、

 

川を渡っておいでよ、ベッシーちゃん、この腕に―

お船が漏れているわいな、

口にするのも恥ずかしや、

ほんに、渡っていけないもどかしさ

 

と、道化が応じます。

 

道化が衡平裁判所の陪席の裁判官、乞食のトムが法服姿の裁判官、ケントが特命巡回裁判判事、そして、ほぞ継ぎの椅子がゴネリルです。

 

トムが開廷を宣します。

 

さあ、公平に裁判をしよう、

うとうとしちゃだめだよ羊飼いさん、

羊はみんな麦畑、

ロをすぼめて一吹きしなよ、

そうすりや羊は荒らさない。

 

こうして、前代未聞、奇妙奇天烈な模擬裁判が展開されるのです。

 

さて、道化が姿を見せるのはこの模擬裁判の場まで。

 

説明抜きの退場なんですが、道化は荒野で古い土俗的祭式に繋がる浄化の儀式を執り行っていたんですね。 

 

姿を消してしまうのは、道化の役を演じ終えたから。

 

頑迷、傲慢、無分別な、どうしようもないリアが、発狂し、イングランドに擦ったもんだの大混乱が巻き起こった。

その大混乱を見届けて、道化はスッといなくなるのです。

中世のインタールードの道化の役回りがそうだったんですね。

 

さて、荒野の法廷も閉廷となり、リアが一眠りして迎えるのは、4幕6場のドーバーの崖の上。

 

リア物語の主題のぜんぶがドーバーで一つに収斂します。

 

 

 

リア王 

読め。

グロスター 

え、この空っぽの目で?

リア王 

ほ、ほう、わしに楯突くのか? 顔に目がなく、

財布は空っぽか。目は重い判例で、

財布は軽いか、だが、

世の成り行きは見えるじゃろ。

グロスター 

身に沁みて見えまする。

リア王 

なんじゃ、阿呆か?世の成り行きぐらいは見えるわ

目などなくとも。耳で見るのじゃ。ほれ

裁判官がこそ泥を叱りつけておる。見るんじや、

耳で。二人をとっかえて、さ、当てっこじゃ、どっちが

裁判官で、どっちがこそ泥か?見たことがあるじゃろ

百姓の飼い犬が乞食に吠えつくのを?

グロスター 

はい、ありまする。

リア王 

乞食は犬から逃げるじゃろ?あれが

権力というものの姿じゃよ。

犬も役人になればへいこらしてもらえる。

地区の本っ端役人、むごい仕置きを控えろ!

何で女を打つ?自分の背中に鞭を当てろ、

自分では女を抱きたくてうずうずしておるくせに

女を打ちおる。高利貸が詐欺師を縛り首にするとは。

ボロを着ていればどんな些細な悪事でも日立つ、

法服や毛皮のガウンなら何もかも隠す。罪に金の鎧を着せてみろ、

正義の槍も先が折れて傷つかずだ。

ボロで包んでみろ、一寸法師の藁しべでもぶすりと刺さる。

罪人などいない、一人もな、このわしが言うのだ、

一人もいない、わしが保障するぞ。

恩赦状を受け取れ、ほれ、わしの権力で

告発者の口を封じるのじゃ。ガラス玉を目に入れろ、

そして、けちな策士みたいに、

ものが見えなくても見えるふりをしろ。さ、さ、さ、さ。

長靴を脱がせろ。もっと強く、もっと。そら。

エドガー 

ああ、筋の通ることと通らぬことがごちゃまぜだ!狂気のなかの正気!

リア 

わしの運命を泣いてくれるなら、この目をやろう。

お前のことはよく知っておる、グロスターじゃ。

がまんせねばならん、わしらは泣きながらこの世にやってきたのじゃ。

知っておろうが、生まれて初めてこの世の空気を吸うと、

オギャアオギャアと泣くじゃろ。ひとつ説教してやろう。よいか。

グロスター 

ああ、何という!

リア 

生まれると、泣くのはな

この阿呆どもの大舞台に引き出されるからじゃ。これは立派な首切り台、

うまい作戦があるぞ、騎馬隊の馬の諦に

フェルトを履かせるのはどうじゃ。ひとつ試してみるか、

足音忍ばせ婿どもを奇襲して、

よし、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!


                       『リア王』 4幕6場

 

 

 

KING LEAR 

Read.

GLOUCESTER 

What, with the case of eyes?

KING LEAR 

O, ho, are you there with me? No eyes in your head, nor no money in your purse? Your eyes are in a heavy case, your purse in a light; yet you see how this world goes.

GLOUCESTER 

I see it feelingly.

KING LEAR 

What, art mad? A man may see how this world goes with no eyes. Look with thine ears: see how yond justice rails upon yond simple thief. Hark, in thine ear: change places; and, handy-dandy, which is the justice, which is the thief? Thou hast seen a farmer's dog bark at a beggar?

GLOUCESTER 

Ay, sir.

KING LEAR 

And the creature run from the cur? There thou mightst behold the great image of authority: a dog's obeyed in office.

Thou rascal beadle, hold thy bloody hand!

Why dost thou lash that whore? Strip thine own back;

Thou hotly lust'st to use her in that kind

For which thou whipp'st her. The usurer hangs the cozener.
Through tatter'd clothes small vices do appear;
Robes and furr'd gowns hide all. Plate sin with gold,
And the strong lance of justice hurtless breaks:
Arm it in rags, a pigmy's straw does pierce it.
None does offend, none, I say, none; I'll able 'em:
Take that of me, my friend, who have the power
To seal the accuser's lips. Get thee glass eyes;
And like a scurvy politician, seem
To see the things thou dost not. Now, now, now, now:
Pull off my boots: harder, harder: so.

EDGAR 

O, matter and impertinency mix'd! Reason in madness!

KING LEAR 

If thou wilt weep my fortunes, take my eyes.
I know thee well enough; thy name is Gloucester:
Thou must be patient; we came crying hither:
Thou know'st, the first time that we smell the air,
We wawl and cry. I will preach to thee: mark.

GLOUCESTER 

Alack, alack the day!

KING LEAR 

When we are born, we cry that we are come

To this great stage of fools: this a good block;
It were a delicate stratagem, to shoe
A troop of horse with felt: I'll put 't in proof;
And when I have stol'n upon these sons-in-law,
Then, kill, kill, kill, kill, kill, kill!

 

  ファーストフォリオ

 

 

 

フランスに最も近いイングランド南東部の崖の上。

その目もくらみそうな断崖絶壁から投身自殺して死んだはずの盲目のグロスターと、発狂したリアが、再会したのです。

 

リアは嗅覚で上娘二人の本性を嗅ぎ出し、この世のありようも嗅ぎ出したようです。

 

理性が破壊されれば、人は野生動物に還るほかありません。

 

リアの目に見えるのは、野生動物の察知能力によってしか捕らえられない、あるがまま、そのままの、剥き出しの、罪深いとしか言いようのない、赤裸の世界 

 

そこには、もはや、いかなる人間の理屈も、感傷も、入り込む余地はなさそうです。

 

 

人は、生まれる前の世界も、死後の世界も、この目で見ることはできませんね。

 

ですから、あるがままの人生っていうのは、出発点も終着点もわからないままに、長い旅路を往くようなものでしょう。

オギャアと息を吐いて、スッと息を引き取り、この世を去る運命を背負っている、そんな存在ではないでしょうか。

  

地位、権力、物で着膨れていると、こんな単純明快なことすら気がつかなくなってしまうんですね。

 

そんな、丸裸の、あるがままの人生に思い至って、リアは、長靴を取れ、そら、もっと強く引っ張れ、と、裸足になろうとしてもがきます。

 

傍らでエドガーが泣き、靴を履いてもいないリアの痛ましい素足を抱いて眼球のないグロスターが泣き、その涙がリアの素足を濡らす場面。

 

この世の光景とも思われませんが、盲目のリアを開眼させるには、発狂という究極の手を使うほかなかったということなんですね。

 

嵐の荒野で、そして掘っ立て小屋で、こっぴどく裁かれ罰せられないかぎり、リアが現実に根差す認識を手にすることはできなかろう、賢い道化はそう判断したのです。

 

 

リアの悲劇は、脱がされるところにありました。

 

それを象徴するのが護衛兵の削減でした。

劇の後半に至って、脱がされる者が、脱ぐことを知るのです。

 

この瞬間、リアの悲劇が終わるんですね。

痛ましくはあるけれども、劇は喜劇に転じます。
 

 

この世は、こんな摩訶不思議な仕組みでできていて、その不思議な悲喜劇の神秘の世界から、命あるものがこの世に送り出されてくるようです。

 

生物的な命は、社会的な意味を担って、いのちを生きることになるんでしょうが、王冠を被ろうと、裸の乞食であろうと、野性のいきものであろうと、平等に繋がり合っているという意味からすれば、同じ命なんですね。

 

エドガーは、そのことにリアより一足早く気付いた人間でした。

 

リアの復権を願うあまりに、嵐の荒野に足を踏み入れてもなおそのことに気付かなかったケントは、リアの行動の軌跡を追って長い旅路に就かなければなりません。

 

 
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グレーゾーン
右を見ても、左を見ても、グレー。

グレーゾーンばかりです。

原発再稼動条件のグレーから裁判判決のグレーに至るまで、何もかもがグレーですね。

「限りなく黒に近いグレーである、にもかかわらず白である」なんていう判決は、わけがわかりません。

 

政界の壊し屋と言われれている方は、自分の周囲を白いもので埋め尽くしていたらしい。

判決は白く出てほしいと祈っていたのでしょうか。


 偏った理念や論理や正義を白と確信して、平然と相手に押し付ける人は、案外多いものです。

 

けれども、およそこの世に、黒白のはっきりしたものなんて、ないんですね。

この世にあるのは、グレーゾーンのみ。

限りなく黒に近いグレーの世の中。

そんな世の中のありようではあっても、私たちは白を求めてやまない。

シェイクスピアを愛する私たちは、このあたりの見極めができなければいけませんね。

何しろ、シェイクスピアという人は、グレーゾーンを主題として芝居を書いたのですから。



白いものを求める気持ちが祈りになるんでしょうか。

曹洞宗の開祖、道元(1200-53)には、祈りの気持ちが強くあって、貴族や権勢に近づくことを黒として遠ざけました。

そして、物欲や我欲から自由になろうとして座禅を組み、釈迦に還りたい、正しく仏道修行したいと願いました。

 

「われ日本の柱とならん、われ日本の眼目とならん、われ日本の大船とならん」と言った日蓮上人(1222-82)には、法華経の永遠の生命の世界に入りたいという思いがありました。

 

宮沢賢治なんかも、世界全体がしあわせにならないかぎり私のしあわせはないとて言っています。

これ、法華経の精神を体現しているんですね。

いずれも、自我そのものに基づいた願いとか欲望を満たすための祈りなんかではありません。

もっと幅の広い、高度な祈り。

 

それに比べて私たちの祈りは、まあ、自我むき出しのと言いますか、上辺だけの偽りの祈りであったりします。

 
しあわせの本来の意味は、巡り合わせであり、天運ということ。

仕合わせ、こんな風に書きます。


私たちの身の周りには、あなたの願いを引き受けましょう、適えてあげましょうという類いの、欲望肯定の教えがひしめいています。

厳しい修行をして仏の悟りを開く場、つまり、比叡山とか高野山とかの霊山における修行においては、悟りを阻害するのは煩悩であり欲望であるから、そんな祈り方をしてはいけませんと説くんですね。

さまざまなところに仏道修行の素晴らしい世界があるようですが、誰も彼もがそこに行って、欲望肯定の誘惑を断つというわけにもいきません。   


修業は、ほとんどの人びとにとって実践不可能です。
 
 

阿弥陀仏の願いは本願と言いますね。

あらかじめかけられた願い。

 

どこがどう違うんでしょうか。

知恵と慈悲に基づく願い、
一切差別や区別をしない願い、
老少善悪の人を選ばない願い、
一切の生きとし生ける衆生に対する願い、
もしあなたがになれなかったら、私も仕合せにはならないという願い、
ここらあたりが違うんですね。


親鸞という方は、人間が人間であるかぎり、悲しいかな、良い悪いではなくて、欲望と煩悩を臨終の瞬間に至るまで消すことはできない、こんな風に言っておれられたんですね。

 

欲望と煩悩を持ったまま阿弥陀仏に導かれて生きる、そういう生き方もあるんだ、と。

であるならば、私にだってできそうな気がする。

 

老少男女選ばず、誰にだってできることではないでしょうか。

 

虫のいい話だけれども、煩悩を断たずして悟りをいただくことができる、そういう宗教もあるんですね。

持っている煩悩が人生の悲しみと苦しみを翻して、それが喜びに転成されていく、そんな宗教。

 

深い悲しみを経験した人ほどその悲しみを超えることができる、超えたときに広く高く深いものに気付かされることがある、と、そのように思わせてくれる宗教。
 

親鸞は「善人なほもって往生をとぐ、いはんや悪人をや」と言いましたね。

善ならざる者が救われるなんて道理はおかしいんですが、
善ならざる者の罪をぜんぶ背負ってゴルゴダの丘で十字架上に贖いの死を遂げた方がいます。

神が遣わしたとされるこの方は、人びとの良心に訴え、隣人愛を説きましたね。

キリスト教と仏教は同じではないんだけれども、その精神においては、どこか通底するものがあるんじゃないでしょうか。

 

私たちの知性、理性、日常的な経験則から見て到底了解し得ない広く深く高い世界を、不思議とか不可思議とかと言います。

 

私たちの思いをはるかに超える神仏のはたらきのことです。

 

向こう側から祈られている不思議を、イエスや阿弥陀如来のはたらきの不可思議というように表現するんですね。

 

そんな生き方をしていて大丈夫ですか、本当の生き方をしているんですかと呼びかけられて、私たちはハッと立ち止まる。

 

そうか、半世紀以上も生きてきたんだけれども、これがほんとに確かな人生なのだろうか、と立ち止まって考えさせられるんですね。

 

気付かされて、これまでの自分の生き方ではいけない、どうしようもない煩悩具足の身であるけれども、そのことの自覚から日々新しい自分になる生き方を切り開いていくこともできるんじゃなかろうか、こういうことになってまいります。

 

これら神仏の呼びかけに対して私たちはどう応えたらよいか。

広く深く高い文化の媒介者であり形成者である大いなる存在に対して、私たちはどのような関心を示すことができるか。

どのような社会的活動に打って出られるものか。

ここらあたりの実践力が問われるのです。

歎異抄第1条に、弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて〜〜〜とありますが、祈りは静謐なままでよろしいということではない。

確かな実践を伴うもの。

祈りは、白くあろうともがくものではない。

グレーを、あるがまま、そのままに、覚悟する生き方。

誤魔化さない生き方。

そう、清濁併せ呑み、果敢に行動に打って出る才気と度量が、私たちに求められているのではないでしょうか。


社会的活動に積極的に参画をということになると、仏教は少し弱いかもしれませんね。


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天罰―『リア王』

国王一座によりホワイトホール饗宴館で上演された『リア王』(1606年12月26日)の舞台は古代イングランドです。

リア王説話は12世紀頃からありました。

三人の娘が出てきて、末娘のコーディーリアが姉たちの軍を打ち破ってリアの復位を果たすというハッピーエンディングの物語なんですね。

王様が三人の娘に王国を分割しようとして愛情の深さ、つまり忠誠心を測るテストを行い、上の娘二人の歯の浮くようなおべっかに上機嫌になります。

ところが、父への溢れる愛をうまく表現できない末娘に対して憤激して勘当を言い渡し、国を二つに割って二つともおべっか娘どもにくれてしまうのです。

自ら国の統治装置を外してしまったお粗末極まる阿呆な王様の物語。

 

作品の底本としては1608年に出版されたクォート版(四つ折本)と1623年のフォリオ版(二つ折本)全集に収められたものの二つがあリます。

フォリオ版はクォート版の285行ほどがカットされ、120行ほどが付け加えられています。

 

さて、統治権ばかりでなく、歳入、その他の実権も娘婿たちに任せたリアでしたが、王の称号と百人の騎士だけは必要と考えました。 

 

そもそも、煩わしさをすべて老体から脱ぎ捨て、その一切を若い世代の力に委ねて、身軽になり、死への旅路を追っていくつもりと言いながらも、家来を引き連れて居候を決め込もうとしたこと自体が浅はかでした。

 

兵を減らせと言われて激しく抗弁するリアの声は、あれも必要、これも必要と言い立てる私たちの声を代弁しているでしょう。


リアには、王冠の権威でこの世を支配し、自分の思うとおりにならないものは何一つないという罪深い思い込みがあったのです。

娘や娘婿に裏切られ、王としての威厳も父親としての尊厳も失い、誰からも愛されず、同情もされない、何もない赤裸の状態にまで突き落とされてしまリア王は、あげくに、正気まで失ってしまうんですね。

 

 

 

リア王 

風よ、吹け、頬が裂けるまで!怒れ!吹け!

天の水門と海の水門よ、水を吐き出せ

教会の尖塔を濡らし、風見の鶏を沈めてしまえ!

硫黄の光と稲妻を運ぶ神の怒りの火よ、

樫の木をつんざく落雷の先触れよ、

この白髪頭を焼き焦がせ!雷よ、天地を揺るがすものよ、

地球の丸く孕んだ腹を叩くつぶして真っ平らにしろ!

生殖の根を叩き割り、種という種を根絶やしにしろ、

恩知らずを産ませるな!

道化 

おじちゃんさあ、乾いた家の恵みの水のほうが外の雨水よりましだよ。ね、中に入って、あんたの娘たちに施しをもらいなよ。こんな夜は利口も阿呆も憐れんでもらえないからさ。

リア王 

轟け、腹の底から!火よ、吹け!雨よ、降れ!

雨も、風も、雷も、火も、わしの娘ではない。

お前たちを責めはしない、情け知らずとも言わん、

お前たちには王国をやったことはない、子と呼んだこともない、

わしに従う義務はない。だから、耽っていろ

この恐ろしい道楽に。ここにいるわしは、お前たちの奴隷だ、

哀れで、弱い、よぼよぼの、老いぼれだ。

だがお前たちは卑劣な悪の手先だ、

あの腹黒い娘二人と結託して

天の大軍を集めて攻撃しよった

こんな老いぼれの白髪頭を。おお!おお!何と汚いやり口!

道化 

頭を突っ込む家を持ってるやつは突っ込むだけの頭があるわな。

ポコチン突っ込みゃ

家もないのにさあ、

上も下も虱だらけ、

乞食が嫁取りゃよう。

足の指が

胸と間違えりゃ

マメが胸でひりひり、

痛くて夜も眠れねえ。

どんな美人だって鏡に向えば百面相するわな。

リア王 

いや、わしは我慢の見本になるぞ、

もう何も言わん。

ケント登場

ケント 

誰だ?

道化 
へい、お偉いさんとチン袋、利口と阿呆だよ。

ケント 

ああ、なんと、ここにおいででしたか?夜中に動き回る

動物もさすがにこんな夜は好みません、怒り狂った空の下では

闇をさ迷うけだものも怖がって、

穴のなかに身を潜めましょう。生まれてこの方、

こんな空一面の稲妻、轟き渡る恐ろしい雷鳴、

唸りを上げる雨風の雄たけびは、ついぞ

聞いたこともありません。生身の人間にはとてもとても

この苦痛と恐怖には耐えられない。

リア王 

大いなる神々よ、

天の動乱を司る神々ならば、

いまこそ神々の敵を暴き出したまえ。震えていろ、恥知らずめ、

こっそり罪(crimes)を犯しながら、

正義の鞭を逃れておって。隠れていろ、手を血だらけにして、

偽りの誓いを立て、美徳の仮面を被って

邪淫に耽っていろ。震えろ、ばらばらに砕けろ、

うまく上っ面を繕って

よくも人の命を狙いおったな。みごとに隠した罪の数々(guilts)

秘密を隠す胸の覆いを引き裂き、声を上げて

畏れ多い召喚者に慈悲を乞え。わしは

罪を犯した(sinning)のではなく罪を犯された(More sinned)のだ。

 

『リア王』3幕2場

 

 

KING LEAR 

Blow, winds, and crack your cheeks! rage! blow!

You cataracts and hurricanoes, spout
Till you have drench'd our steeples, drown'd the cocks!
You sulphurous and thought-executing fires,
Vaunt-couriers to oak-cleaving thunderbolts,
Singe my white head! And thou, all-shaking thunder,
Smite flat the thick rotundity o' the world!
Crack nature's moulds, an germens spill at once,
That make ingrateful man!

Fool 

O nuncle, court holy-water in a dry

house is better than this rain-water out o' door.
Good nuncle, in, and ask thy daughters' blessing:

here's a night pities neither wise man nor fool.

KING LEAR 

Rumble thy bellyful! Spit, fire! spout, rain!

Nor rain, wind, thunder, fire, are my daughters:
I tax not you, you elements, with unkindness;
I never gave you kingdom, call'd you children,
You owe me no subscription: then let fall
Your horrible pleasure: here I stand, your slave,
A poor, infirm, weak, and despised old man:
But yet I call you servile ministers,
That have with two pernicious daughters join'd
Your high engender'd battles 'gainst a head
So old and white as this. O! O! 'tis foul!

Fool 

He that has a house to put's head in has a good

head-piece.
The cod-piece that will house
Before the head has any,
The head and he shall louse;
So beggars marry many.
The man that makes his toe
What he his heart should make
Shall of a corn cry woe,
And turn his sleep to wake.
For there was never yet fair woman but she made
mouths in a glass.

KING LEAR 

No, I will be the pattern of all patience;

I will say nothing.

Enter KENT

KENT 

Who's there?

Fool 

Marry, here's grace and a cod-piece; that's a wise

man and a fool.

KENT 

Alas, sir, are you here? things that love night 

Love not such nights as these; the wrathful skies
Gallow the very wanderers of the dark,
And make them keep their caves: since I was man,
Such sheets of fire, such bursts of horrid thunder,
Such groans of roaring wind and rain, I never
Remember to have heard: man's nature cannot carry
The affliction nor the fear.

KING LEAR 

Let the great gods,

That keep this dreadful pother o'er our heads,
Find out their enemies now. Tremble, thou wretch,
That hast within thee undivulged crimes,
Unwhipp'd of justice: hide thee, thou bloody hand;
Thou perjured, and thou simular man of virtue
That art incestuous: caitiff, to pieces shake,
That under covert and convenient seeming
Hast practised on man's life: close pent-up guilts,
Rive your concealing continents, and cry
These dreadful summoners grace. I am a man
More sinn'd against than sinning.

 

ファーストフォリオ

 

 



罪にもいろいろあるんですね。

そのいろいろある罪をぜんぶ背負い込んで、リアは、実際、愛の意味も、裁くことの意味も、必要から離れることの意味も、人を疑うことも、我慢することも、何一つ知らない罪深い人間でした。

 

わが身のこの間抜けぶりに思い至ってもなお、リアは責めることと必要を言い立てる傲慢さから離れることができないのです。

 

ですから、これほどに罪深く、みすぼらしいものもないんですね。

リアという人物はそのように造形されています。

 

間抜けな人間は、ほかにもいます。

 

脇筋に登場するリアの忠臣グロスターは、息子エドマンドの謀略を見抜く目がありませんでした。

疑うことを知らぬ目を持っているために両眼を失う罰を受けて、松明を持って荒野をさ迷わなければなりません。

 

お人好しのエドガーも間抜けです。

彼は腹違いの弟エドマンドを信頼しすぎたばかりに、お尋ね者にされてしまいます。

人を信頼しすぎた罰も苛酷なもので、ベドラム出の気違い乞食に身をやつして荒野に身を隠さなければなりません。

 

コーディーリアをかばって王に楯突いたケントもそう。

権力に歯向かえばどういうことになるか。

彼は国外追放の身となりますが、それでもなお王の身を案じて荒野にリアを追わなければなりません。

度し難い忠誠心があるんですね。

 

自分は何者なのか誰か教えてくれと叫びながら飛び出していくリアの嵐の荒野が、こうして、免罪の論理を振りかざす愚かな人間どもの愚行追及の場となります。

身分、制度、親子関係、王と家臣の絆がことごとく断たれた混沌とした世界が現前化する嵐の荒野。

 

王権が実質を失い祭式秩序を失えば、国はかくほどに崩壊し、その崩壊ぶりは宇宙から個人の次元に及ぶものらしい。

天罰とはこのようなものか。


天上の霊的な次元から地下の物質的な次元にまで貫流する四大元素。

その火、水、土、風に身を浸しながら、数多くの罪に犯されたリアが、被り物のない頭をむき出しにして、存在の根元である生殖と貞淑を装う貴婦人に巣食う飽くなき情欲への嫌悪感を顕わにして叫んでいるのです。

 

告発しているつもりなんでしょうが、裁くことしか知らない者が、逆に告発され、裁かれている場面。

その裁かれ方は、生きていく上で必要と思い込んでいたものの一切を剥ぎ取られるというものなんですね。

聖書のヨブ記を思い起こします。

 
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