シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
テイトの改作版『リア王物語』

 

モリ・カケ問題で政権与党のムラ社会的体質が露呈、民主的法治国家を返上して手続きを踏まない結果ありきの情報操作、隠蔽、独善、強権的体質が明らかに。

 

これまで積み上げてきた個人の自由と権利を保障しようという政治的成果をもののみごとに換骨奪胎、今夕、内閣を改造して人心一新、疑惑隠し?

 

シェイクスピア劇も18世紀に入って換骨奪胎、見る影もないものに。

 

クロムウェルが率いるピューリタン革命が1642年に始まると劇場は閉鎖、役者はジグ(ダンス)や『織工ボトム』(Bottom the Weaver)、『墓掘人』(The Grave-makers)などの1場のファルス(笑劇)を演じて命脈を保っていました。

 

1660年の王政復古後のシェイクスピア劇はすべて私設の室内劇場で18時から21時に上演され、舞台は観客との交流が困難な額縁舞台に、上演には手の込んだ背景が使われ、音楽やダンス、女優が採用され、雷や波、花火などの効果が用いられ、客席はシャンデリア付き、椅子席、観席は裕福で高学歴の均質な人びとばかりになりました。

 

劇上演の権利は2つの新しい公認の劇団、すなわちトマス・キリグルー(Thomas Killigrew, 1612-83)の国王一座と、ウィリアム・ダヴェナント(William Davenant, 1606-68)の公爵一座(The Duke’s Company)の間で分配され、この上演許可システムが1843年まで続くことに。

 

ダヴェナントは1638年にベン・ジョンソンの後を受けて桂冠詩人になった詩人・劇作家・役者・劇場支配人で、上演が禁止された共和政の時代に音楽劇という触れ込みで英国初のオペラ『ロードス島の包囲』(The Siege of Rhodes, Part I, 1656; Part II, 59)を上演していました。

 

王政復古以降はシェイクスピアの『尺には尺を』と『空騒ぎ』の脇筋を繋ぎ合わせて『恋人たちに厳しい掟』(The Law against Lovers1662)を上演、ベネディックがベアトリスと、クラウディオーがヒーローと、そしてイザベラがアンジェロと結婚する内容に、『ロミオとジュリエット』はハッピーエンディングに、オペラ的要素を強調して『マクベス』を上演、ジョン・ドライデンと組んで『テンペスト、魔法の島』(The Tempest, or, The Enchanted Island)をつくり、ミランダの妹にヒッポリトという女性を登場させたり、『夏の夜の夢』 と『尺には尺を』を組み合わせて仮面劇をつくったり。

 

ダヴェナントは俺はシェイクスピアの息子だと言っていたらしい、ポートレートを確かめた限りでは端正な顔立ちのシェイクスピアとは似ても似つかぬ醜男ぶり、シェイクスピアは名付け親だった?

 

アンシャンレジーム期(1789年のフランス革命前の絶対君主制と封建的な社会体制)の偽善と自惚れを風刺したフランスのモリエール(Moliere, 1622-73)の『タルチュフ』(1664)が時代の気分を反映したように、イングランドでは観客が自分の合理的趣向に合うシェイクスピアを望み、それに合わせてtruth と virtue、justice を重視して悲劇は英雄劇に、コメディーは風習喜劇(comedy of manners)になりました。

 

なかでもひどいのがテイト(Nahum Tate, 1652-1715)が改作した『リア王物語』(The History of King Lear, 1681年にDorset Garden Thaetre で上演)です。

 

エドマンドの最初のスピーチで開始され、エドガーとコーデーリアの恋愛のプロットが導入され、あろうことかすべて道化はカットされ、リアは監獄にいるコーデーリアを救出して王座に復帰、エドガーとコーディ―リアとの結婚で終わる内容に。

 

こんな改作劇が公爵一座の手で上演され、以後1838年までの150年以上に渡って英国で上演されたのです。

 

 

エドガー コーディ―リア、姫よ、いま一度、

  あのバーガンディーが受け取る前に

  王から美しい宝を、

  しあわせなバーガンディーが姫を永遠に抱く前に、

  惨めなエドガーをあわれんでくれ。

コーディ―リア まあ、惨めなエドガーだなんて

  もっと惨めなのは私のほうですよ

  父親の意志に従って

  エドガーから離されてバーガンディーなんですもの?

 

                 1幕1場

 

 

Edgar  Cordelia, royal fair, turn yet once more,

 And ere successful Burgundy receive

 The treasure of thy beauties from the king,

    Ere happy Burgundy forever fold thee,

    Cast back one pitying on wretched Edgar.

Crdelia  Alas, what would the wretched Edgar with

    The more unfortunate Cordelia

    Who in obedience to a father’s will

    Flies from her Edgar’s arm to Burgandy’s?

 

  Black,James,ed. Tate:The History of King Lear(1976)

 

 

愛情テストが始まる前にこのような二人のやり取りが付け加えられ、さらにご丁寧にエドガーに truth and virtue shall at last succeed などと言わせています。

 

さて、こちらの次なる出し物は、新しい時代にふさわしい憲法の在り方について議論を深め、憲法9条の1・2項を残して自衛隊条項を書き加え、2020年までに新憲法発布?

 

独裁国家を横に睨んで気合いと決意満々らしいが、平和憲法の換骨奪胎、取り返しがつかないことに、不戦平和主義は見る影もないものになるだろう。

 

国を守る気概のない憲法、国民の安全を保障できない憲法というのであれば、もしそうであるならば、そんなのは憲法ではない、全面見直し以外にないではないか。

 

憲法は国存立の基本的条件を定めた基礎法、根本法、国民の自由を守るためにある、国家権力を助長するような姑息な手段で一文を付け加えるなど許されるはずがない。

 

憲法は権力者の暴走に歯止めをかけるためにあるのです。

 

日本だけが憲法を改正しないで遅れているなどと印象づけるなど愚の骨頂、すっかり憲法論議の品格を落としてしまった。

 

三権分立が脅かされる気配のなかでの憲法改正の発議などあり得ないことです。

 

 

うちむらとしのりシェイクスピア朗読                

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| - | 08:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
美しい友よ−ソネット104

 

蒸し暑いなかの公園の掃除は要注意。

 

熱中症予防に水筒、蚊、蟻、ヒアリ?蜂、ひょっとしてマダニもという警戒心から作業ズボンを長靴に押し込んで紐でぎゅっと、ボロいYシャツの両腕に虫除け輪っかとゴム手袋、キューガーデンの花柄エプロンにハンカチ、鍵、携帯を入れ、サングラス、首にタオル、頭に麦藁帽子、こんないでたち。

 

朝の光を浴びてカラスに阿呆阿呆と馬鹿にされながら作業を終え、埃やら何やらをパタパタ払い落として家に帰り、うがいをし、目薬を注し、シャワーを浴びて、畳にドテーッと大の字に。

 

ではあっても、寝そべっていると聴こえてくる、安倍内閣の記録なし記憶なしの恥の上塗り答弁が。

 

出掛けたい、どこか静かで涼しいところに、電車に乗って、そう、近場の農山漁村がいい。

 

ほっつき歩くだけで何か新鮮なものに出逢えそう。

 

海外はもういい、どこか鄙びたところ、何かしらその地域特有のものが見える、匂う、聴こえてくるところ。

 

この世に実利や見返りを求めるのでなく、そこに身を置くだけで敬虔な気持ちになれて、心が震えるスポットへ。

 

ビューティフルサマー、どう、一緒に出掛けないか?美しい友よ。

 

 

 私にとって美しい友であるきみは老いることがない、

 はじめてきみを見たときのまま、

 いまも変わらない。あれから三たび寒い冬が、

 森の木々の枝から三たび夏の装いを振り払い、

 三たび緑色の春が黄色い秋に変り、

 そんな四季の移ろいを私は見てきた、

 三たび卯月の風が香り三たび水無月の灼熱に燃えたが、

 きみをはじめて見たときの瑞々しさは新緑のまま。

 なのに美しさは時計の針のように、

 こっそり歩み、その足取りは見えない、

 きみの美しい容姿は、私には変わらずに見えるのに

 動いていて、気づかないだけなのか。

  そんな恐れゆえに、聞いてくれまだ生まれざる者よ、

  君たちが生まれる前に美の夏は滅びるのだろうか。

 

                ソネット104

 

 

 TO me faire friend you neuer can be old,

 For as you were when first your eye I eyde,

 Such seemes your beautie still:Three Winters colde,

 Haue from the forrests shooke three summers pride,

 Three beautious springs to yellow Autumne turn'd,

 In processe of the seasons haue I seene,

 Three Aprill perfumes in three hot Iunes burn'd,

 Since first I saw you fresh which yet are greene.

 Ah yet doth beauty like a Dyall hand,

 Steale from his figure, and no pace perceiu'd,

 So your sweete hew, which me thinkes still doth stand

 Hath motion, and mine eye may be deceaued.

  For feare of which, heare this thou age vnbred,

  Ere you were borne was beauties summer dead.

 

   pride = splendor    processe = the progress    which yet = who well

     hew = appearance    thou age vnbred = future age

 

 

きみの美しさがこの世から消えるなんて、詩できみの美しさを永遠に残すと謳うことは忘れないよ。

 

最後をサブジャンクティヴに訳した、たぶんこれでいい。

 

え?ほかの仲間も一緒に行くほうが?ああ、そう、そのほうが楽しいだろうね。

 

年齢や男女に区別を措かないで、お喋りしながら散歩する、そんな気の置けない仲間と。

 

自由気まま、個人的なのがいい、一人ひとり皆違う世界を生きていて、あの人がこうだから自分もこうだということにはならない、おなじだったらそれこそおなじ人生を歩むことになるが、そんなことにはならないのだから。

 

それぞれが別々の人生の流れのなかに生きていて、何かその土地の大いなるものとの出逢いがそれぞれの生き方に反映する、一緒の散歩が自らを悟り他を悟らしめる一つの体験になればいい。

 

そう、私たちは身体に食い物や飲み物を入れ過ぎるのだ、頭にこの世のありったけの情報を入れたがる、勝ちたがる、モンスターでも何でもたくさんゲットしたがる、まわりをお友達、お金、地位、権力、名誉でうずたかく盛り上げたがる、この世を自分の思い通りの風景にしたがる、風景を害するものを排除したがる。

 

シェイクスピアはこういう偏向人間、えこひいきする人間、視野狭窄人間、頑迷人間、立ち居振る舞いの貧相な人間を嫌った、悪質な政治家とか、群衆(mob)とか、庶民の心を忘れたエリートとかを。

 

空疎な議論に満ちたこの世を正してくれるのは、もはや人間の浅知恵ではない。

 

やがて精妙なロボットが人の脳と体に相互作用する力を持ち、人間に深い呼吸と深慮を回復させ、あるべき社会に整えてくれようになる、あたふたしなくても。

 

人工知能が人間の疑心や不安、恐怖、圧迫などのストレスを食い止め、蓄積、堆積させている余計なものを消去し、環境の変化に動じない政治判断と行動を手当してくれる、そんな時代がやってくるのだろう。

 

ロボットが人間の劣化を防ぎ、健康な生命維持に必要不可欠な存在に。

 

だがやはり危うさがある。

 

われ鳥になり離島の空に舞いたい、ミネラルを含んだ水、新緑、甘味と酸味のある果物、陽光、澄んだ空気、匂い立つ土、虫よ、鳥よ、魚よ、私たちが出逢う命よ、命の輝きを保証してくれる美の夏になってくれ。

 

 

うちむらとしのりシェイクスピア朗読         

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| - | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ロンドン塔幽閉の王子―『リチャード3世』3幕1場

 

社会の関心が低く見逃されている課題がある、民間では事業性なく、ニュース性に乏しく人の目に触れる機会のない課題、この国の貧困や教育格差問題が前文部科学事務次官前川喜平氏のおかげでクローズアップされました。

 

貧困や不登校、外国人であることなどさまざまな事情を抱えた子どもたちの受け皿になっている学びの場、私自身がいまそこに身を置いているためのです。

 

ふじみ野市学習教室YELLに通ってくる子どもたちに接して思い出されるのが、英国の画家ミレー(John Everett Millais, 1829-96)による油彩画「ロンドン塔幽閉の王子」(The Princes in the Tower)。

 

1878年にロイヤル・アカデミーに展示されたこの作品、シェイクスピアの『リチャード3世』に登場する二人の歴史上の人物、1483年に父エドワード4世を12歳で継いだ王子エドワード5世とその弟のヨーク公リチャードの顔が学習教室に通ってくる子どもたちの評定と重なります。

 

次のせりふのやりとりからミレーはインスピレーションを得、全体を暗く、背景に左方から右上に向かう階段を重く置き、二人の不安気な表情をリアルに浮かび上がらせました。

 

 

ヨーク え、ロンドン塔へ行くの、お兄様?

王子 摂政の叔父様がそうするようにって。

ヨーク あの塔ではぐっすり眠れそうもないよ。

グロスター ほう、何が怖いのかね?

ヨーク 何がって、クラレンス叔父様の幽霊だよ。

 お婆様から聞いたんだあそこで殺されたって。

王子 死んだ叔父様など怖くないよ。

グロスター 生きている叔父様も怖くなんか、ないだろう。

王子 叔父様たちが生きていたら、怖がる必要はないけど。

   じゃあ行こうかヨーク、重い心で

   叔父様たちのことを考えながら、ロンドン塔へ。

 

                                                               3幕1場

 

 

Yorke. What, will you goe vnto the Tower, my Lord?

Prince. My Lord Protector will haue it so.

Yorke. I shall not sleepe in quiet at the Tower.

Glo. Why, what should you feare?

Yorke. Marry, my Vnckle Clarence angry Ghost:

 My Grandam told me he was murther'd there.

Prince. I feare no Vnckles dead.

Glo. Nor none that liue, I hope.

Prince. And if they liue, I hope I need not feare.

 But come my Lord: and with a heauie heart,

 Thinking on them, goe I vnto the Tower.

 

they  リチャードは自分のことを言ったが、エドワードはそうは受け取らなかった

 

 

何の罪もないのに叔父のグロスター公リチャードの命令でロンドン塔に幽閉される二人、そして何の責任もないのに貧富の差が学力差を生み、出口のない状況に追い込まれている学習教室の子どもたち。

 

いま子どもの7人に1人が貧困状態にあることをご存知ですか?

 

経済協力開発機構(OECD)の統計やGDPに占めるわが国の公教育支出の割合は低い。

 

改憲を目指す安倍首相は教育無償化規定を憲法に設けると言うが、これまで子どもたちの平等に学ぶ権利、自由にしあわせに生きる権利を保障することを本気になって政策に掲げてきたか。

 

サービス給付のみで、所得を保障しようとはしなかった。

 

教室(週1回、9月から2回開催)が休憩時間に必ず飲み物とオヤツを用意するのは、凄惨な体験を強いられているために「食べられればいい」「暮らしていければいい」と思っている子どもたちが多いから。

 

それぞれの30分ごとの学習計画に基づいて約2時間対面による読み書きを教えてはいるが、「もう駄目かな」とか「あきらめるしかないかな」と漏らす子どもがいるのです。

 

予習の仕方、復習の仕方を身につけさせて何とか高校まではとは思うけれども、学校教育に馴染めない、父親の虐待から逃げてきている子などには学習支援が届かない、響かせようがない。

 

ロンドン塔に閉じ込めれているようなもので、今日明日が不安でたまらない、何かに興味をもち、何かを目指す気力がない、学習の機会があっても生かすことができない。

 

学習の機会が誰にでも開かれていて、そんな場が用意されている社会が必要でしょう。

 

その場合、従来の教育中心から学習中心に転換させなければいけません。

 

学習は自発的、自主的、主体的、好奇心や創造性、自己肯定感を育むスキルを身につけることに力点が置かれるから。

 

高齢者や障害者も含めて学習する機会を求める者の包括的貧困対策、みんながしあわせになる学習権の保障、そんな政策課題がきちんと位置づけられることが急務です。

 

2015年9月の国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、貧困や教育格差の解消、男女平等、環境、インフラ整備、経済成長と雇用、気候変動など17分野、169のターゲットを盛り込んだ幅広い課題に国際社会全体で取り組むよう設定されたものです。

 

2030年の目標達成を目指して誰一人取り残さない(no one will be left behind)というメッセージが発信されました。

 

岸田外務大臣は昨日、7月17日、国連のSDGsに関する会合に出席して1100億円の支援を行なうと表明しました。

 

それはいい、しかし、いまの日本の政治家や官僚はどこを向いているのか、まともに政治を学んでいるのか、モラルはどこに行った?権力にへつらい、言葉を操って疑惑隠しに奔走するばかりの体たらく。

 

王位継承権者の王子なんかに負けるわけにはいかないと独裁者は幼い二人を殺してしまいましたが、ピコ太郎さんが作成したPPAPの替え歌動画が、途上国だけでなく日本国内の格差是正や貧困解消、不安に駆られる子どもたちへの関心を喚起してくれることを念願するばかり。

 

 

うちむらとしのりシェイクスピア朗読                  

http://shaks.jugem.jp/

 

 

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