シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
カトリックとの確執−『マクベス』2幕2場

 

東日本大震災発生から8年目の3月11日、各地で追悼の行事が開かれるようですが、すでに震災の風化が。

 

チベット住民が中国の弾圧に抗議したチベット動乱から60年経った日がきのう、3月10日。

 

ダライ・ラマが亡命政府を樹立したインド北部のダラムサラでは大規模なデモ行進が行なわれた模様です。

 

彼らはただチベット人として先祖代々の土地で生きて死にたかったのに、法治ならぬ人治の、一党独裁体制の、中国から、逃げなければならなかった、中国からすればチベット仏教(俗称ラマ教)は統一の邪魔だったのです。

 

宗教(religion)とは、何か不思議な事物に接したときに感じる畏怖や不安や疑惑の感情を惹き起こす対象への個の心的態度というべきものなんでしょうが、教義や儀礼の体系化が進んで個人を組織して社会的集団が結成されると、その社会の存続繁栄のために宗教が存在するということに。

 

こうして人びとを一つの共同体に凝集統合させる働きが求められて、宗教が生まれ、宗派が生まれて、宗派間の対立が起こったのです。

 

悟りとか言っても、自分で体得しなければ成立しようがない、にもかかわらず、人びとは集団体得してパワーをと思い誤ってしまうのです。

 

シェイクスピアにとって当時の宗派間の争い、カトリックとプロテスタントの対立は、劇作および上演活動を行なう上で大きな問題となっていました。

 

当時の社会事情としてアングリカン(英国国教会)以外の宗教を信奉することは禁じられていたのです。

 

エリザベス朝時代には亡命中のスコットランド女王メアリを担いで再カトリック化計画がありましたので、臣従の誓いを立て国教会の日曜礼拝に参列することが社会活動を営む上での大前提になっていました。

 

これに反すると非国民扱いされて、途方もない科料が課されるか、でなければ大逆罪を問われる事態に。

 

そんななかで二枚舌(equivocation)と呼ばれる詭弁術が流用されたのはカトリック詮議が本格化した1580年代の取調べがあってからのことで、1605年11月5日、火薬陰謀事件の発覚がきっかけとなってカトリック弾圧は頂点に達しました。

 

1606年3月、パンフが全土に配られて反イエズス会キャンペーンが実施される騒ぎになると、これに呼応してシェイクスピアは『マクベス』(1606)の門番の場に地獄堕ちの二枚舌を登場させた、ばかりではなく、王国の未来の支配者が誰なのか判然としない状況を意図的に設定し、その不透明さを具現化した魔女の3人姉妹、魔女の二枚舌にひっかかったマクベス、そしてこれら二枚舌という曖昧なカトリック的処世術を極限化した形でバーナムの森を動かしたのです。

 

ダンシネインの丘めがけて進軍して来ないかぎり大丈夫、女から生まれた者に負けるはずはないという幻影たちの予言を裏切って、枝葉に身を隠して進軍してきた兵士たちと帝王切開で生まれたマクダフを登場させることによって、劇の展開に二重三重の二枚舌を絡ませたのでした。

 

国王一座の座付作家としての義務感からバンクォーの子孫たる国王ジェイムズの家系の繁栄と重ねてカトリック自滅の劇をつくった、二枚舌は地獄堕ちという論理を展開して信頼と安心安全を得る集団的儀式を執り行った、と見ることは可能でしょう。

 

優柔不断というのではない、劇作家は宗教的に右に寄り、左にも寄り、この世の見通しと国の行く末について観客に深く考えてもらおうとした、そのことだけは間違いありません。

 

かつてない壮麗なせりふを響かせて。

 

 

マクベス あの音はどこからだ?

 どうなっているんだ俺は、音がする度にびくつくとは?

 何だこの手は?ああ、目玉が飛び出す。

 ネプチューンが支配する大海原でこの血を洗えば

 この手をきれいに洗い流せるか?いや、手のほうが

 連なり重なり合う遥かな波を血で染めて、

 青い海原を、真紅に変えるんじゃないか。

 

                   2幕2場

 

 

Macb. Whence is that knocking?

 How is't with me, when euery noyse appalls me?
 What Hands are here? hah: they pluck out mine Eyes.
 Will all great Neptunes Ocean wash this blood
 Cleane from my Hand? no: this my Hand will rather
 The multitudinous Seas incarnardine,
 Making the Greene one, Red.
 
   Neptune ローマ神話の海神  multitudinous Seas incarnardine
 (= turn red)ラテン語系の多音節で波のイメージを  

 

 

通史的に見れば英国民は1580年頃から17世紀の半ばまでに、演劇史的に言えば常設の商業劇場ができて劇場閉鎖に至るまでに、大きく一方に傾き、最大の道徳的な変化を経験することになりました。

 

劇の場を奪われ一段とピュリファイされた英国人は極端な聖書の民となったのです。

 

けれどもそれはあくまで表層の話であって、共時的深層の民衆の意識はそうではなかった。

 

宗教的集団が結成されて社会を存続繁栄させようという思惑とは裏腹に、シェイクスピア劇は極上のエンターテインメントとして成功し続けました。

 

それは、最晩年に至るまで、劇が宗教的心的態度を留めながらも、拘束されて不自由にならず、一方に傾かず、あくまで個人的に、自由、自主的、かつ開放的な心性と折り合いをつけていたところに認められます、時と所を超える美しく深い言葉を自在に使いこなして。

 

 

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パロディーは変幻自在ー『嵐』2幕2場

 

シェイクスピア劇がポスト・モダンと呼ばれる大衆文化のなかで拡散し、変容し続けています。

 

『ロミオとジュリエット』をインターネットで検索すれば分かるように、この作品がミュージカル、映画、オペラ、漫画、アニメ等々に戯画化、漫画化されて、パロディーとして変幻自在に。

 

知的権威の崩壊などとは言わないが、社会風俗に組み込まれたジェンダー制度や中二病と言われる情緒不安がシェイクスピアをネタに作品が好き勝手に翻案され、文化記号として強力な磁場のはたらく市場用に標準化されてきています

 

モダーンイングリッシュの集積されたシェイクスピアの原文テクストの持つ意味、機能、画一化されることのない個別性が忘れられていいのか。

 

原文にはアクセスできないが文化記号には手を出せる、この手の安手の商品化は文化一般の機能を狂わせることにならないか。

 

閉じられた社会で記号と化した文化アイコンは、偏狭なナショナリズム、政治的全体主義に利用されることがあることは、歴史を振り返れば分かります。

 

こんな調子でことばが簡素化され、無化され、思考停止が起こり、政治も、経済も、教育も、何もかもが平準化され、劣化して行っていいのか。

 

遠い過去からの蓄積を吟味し直すことが私たちの課された宿題ではないのか。

 

シェイクスピアを学び損なったら、この国の英語教育の惨状を見るにつけ、外国語教育によるグローバルマインドを持った地球市民育成教育は瓦解する、ばかりではないだろう。

 

言語活動の衰退は亡国を招く、ネット社会では御覧のように若者は本を読まなくなる、考えなくなる、自分の言葉で話さなくなる、右に倣えの味も素っ気そっけもないご挨拶の画一化、どうもすみませんでした、国のたそがれがもうそこに。

 

知的文化の基盤そのものの揺らぎに対しては断乎対処しなければなりません。

 

選ばれた自意識肥大の指導者たちは、近隣諸国との軋轢を空疎な美辞麗句で糊塗、あるいは強がってみせる、途方もない財政赤字など知らぬ存ぜぬ、人口減少下での社会保障強化は棚上げ、同時多発的に広がる統計不正はデータそのものの収集プロセスの偽装、疑問を投げかけてもそれは違いますと一蹴、無教養を曝け出して恥じない、歯止めのかからない児童虐待へのお寒い対応、これら国家存亡にかかわる問題に空疎な言葉で説得を試みる毎回お馴染みのパロディー政治劇、質の悪い変幻自在の漫画にしか見えない。

 

政治家は一滴の酒で国民を酔わせようとするが、一滴の目的が問題の所在ぼかしと論点のすり替えなら、神様なんかにはなれない。

 

こちらの漫画はどうか。

 

 

キャリバン 虐めないで。ああ。

ステファノー 何だ?

 悪魔でもいるのか?

 からかおうってのか野蛮人を使って、

 インド人か?え?俺が溺れずに助かったのは、おめえのような

 4本足を怖がるためじゃねえ。俺は言われてきたんだ。

 4本足の人間に匹敵するってよ、負けるわけ

 ねえだろ。今だってそうよ、このステファノー様が

 鼻で息をしているかぎりはな。

キャリバン 妖精の奴が虐めるう。ああ。

ステファノー 島の化け物か、4本足の。

 こいつは(何だな)マラリアにやられたんだ。一体どこで

 俺たちの言葉を覚えたんだ?助けてやるか

 喋っているから。こいつを治して、

 飼い慣らして、ナポリに連れて帰りゃ、献上品になる

 立派な革靴を履くどんな王様にだってよ。

キャリバン 虐めないでよ。これからは

 もっと早く薪を運ぶから。

ステファファノー 発作を起こしてやがる。喋れねえからな

 まともには。一杯飲ませてやるか。酒の味を知らねえ

 なら、発作もいちころよ。

 こいつを治して、飼い慣らせば、いくら高く売ったって

 高すぎるってこたあねえ。飼いたいやつに金を出させてやる、

 しこたまによ。

キャリバン おまえまだ手を出さないな。これから出すんだろ、

 分かるんだブルブル震えてっから。プロスペローが乗り移ってん

 だろう。

ステファノー いいから。口を開けな。さあ

 猫も喋り出すってお神酒だ。さあ

 口を開けな。これを飲みゃ震えなんざ吹っ飛ぶ、いや、

 ほんと。友は遠方より来るってな。開けな

 顎をもう一度。

トリンキュロー あの声は聞き覚えがある。

 確か、

 でもあいつは溺れ死んだ。こいつら悪魔か。ああ

 神様お助けを。

ステファノー 足が4本に口が二つか。できすぎだぜ

 化け物にしちゃ。前の口はよく言うよな

 友だちのことを。後ろの口は、口汚くののしる、

 友だちのことを。俺の酒をたっぷり飲ませて治せる

 もんなら、治してやりてえよね。さあ。そうだ、

 後ろの口にも飲ませてやろう。

トリンキュロー ステファノー。

ステファノー 後ろの口が俺の名前を?おい、おい。

 こいつは悪魔か、化け物じゃなくて。逃げるかな、

 悪魔のお相手はごめんだ。

トリンキュロー ステファノーステファノーなら、触ってくれ、

 物を言ってくれ。俺はトリンキュローだ。怖がるな、お前の

 親友のトリンキュローだ。

ステファノー トリンキュローなら。出てこい。引っ張ってやる

 小さいほうの足を。どっちかがトリンキュローの足なら、

 こっちだろう。確かにトリンキュローだ。どうして

 こんな化け物の糞なんかになったんだ?

 こいつは尻からトリンキュローをひり出せるのか?

トリンキュロー こいつ雷にやられたんじゃねえか。けど

 溺れ死んだんじゃねえんだなステファノーは。どうやら

 溺れ死んだんじゃねえようだ。嵐は静まったのか?潜り込んだのよ

 このおっ死んだ化け物の上っ張りに、怖くってよ

 嵐が。お前生きてんだよなステファノー?ああステファノー、

 これでナポリ人が二人助かったってわけか?

ステファノー おいおいぐるぐる回すな、胃袋が

 目を回す。

キャリバン こいつらたいへんな代物だ、妖精じゃないとなると。

 あっちは素敵な神様、天国のお神酒を持っている。

 あっちに跪こう。

 

                 2幕2場

 

 

Cal. Doe not torment me: oh.

Ste. What's the matter?

 Haue we diuels here?

 Doe you put trickes vpon's with Saluages, and Men of

 Inde? ha? I haue not scap'd drowning, to be afeard

 now of your foure legges: for it hath bin said; as pro-

 per a man as euer went on foure legs, cannot make him

 giue ground: and it shall be said so againe, while Ste-

 phano breathes at' nostrils.

Cal. The Spirit torments me: oh.

Ste. This is some Monster of the Isle, with foure legs;

 who hath got (as I take it) an Ague: where the diuell

 should he learne our language? I will giue him some re-

 iefe if it be but for that: if I can recouer him, and keepe

 him tame, and get to Naples with him, he's a Pre-

 sent for any Emperour that euer trod on Neates-leather.

Cal. Doe not torment me 'prethee: I'le bring my

 wood home faster.

Ste. He's in his fit now; and doe's not talke after the

 wisest; hee shall taste of my Bottle: if hee haue neuer

 drunke wine afore, it will goe neere to remoue his Fit:

 if I can recouer him, and keepe him tame, I will not take

 too much for him; hee shall pay for him that hath him,

 and that soundly.

Cal. Thou do'st me yet but little hurt; thou wilt a-

 non, I know it by thy trembling: Now Prosper workes

 vpon thee.

Ste. Come on your wayes: open your mouth: here

 is that which will giue language to you Cat; open your

 mouth; this will shake your shaking, I can tell you, and

 that soundly: you cannot tell who's your friend; open

 your chaps againe.

Tri. I should know that voyce:

 It should be,

 But hee is dround; and these are diuels; O de-

 fend me.

Ste. Foure legges and two voyces; a most delicate

 Monster: his forward voyce now is to speake well of

 his friend; his backward voice, is to vtter foule speeches,

 and to detract: if all the wine in my bottle will recouer

 him, I will helpe his Ague: Come: Amen, I will

 poure some in thy other mouth.

Tri. Stephano.

Ste. Doth thy other mouth call me? Mercy, mercy:

 This is a diuell, and no Monster: I will leaue him, I

 haue no long Spoone.

Tri. Stephano: if thou beest Stephano, touch me, and

 speake to me: for I am Trinculo; be not afeard, thy

 good friend Trinculo.

Ste. If thou bee'st Trinculo: come foorth: I'le pull

 thee by the lesser legges: if any be Trinculo's legges,

 these are they: Thou art very Trinculo indeede: how

 cam'st thou to be the siege of this Moone-calfe? Can

 he vent Trinculo's?

Tri. I tooke him to be kil'd with a thunder-strok; but

 art thou not dround Stephano: I hope now thou art

 not dround: Is the Storme ouer-blowne? I hid mee

 vnder the dead Moone-Calfes Gaberdine, for feare of

 the Storme: And art thou liuing Stephano? O Stephano,

 two Neapolitanes scap'd?

Ste. 'Prethee doe not turne me about, my stomacke

 is not constant.

Cal. These be fine things, and if they be not sprights:

 that's a braue God, and beares Celestiall liquor: I will

 kneele to him.

 

  Ague = a fit of fever   after = in the manner of   siege = excrement

    vent = defecate    braue = excellent

 

 

このパロディーなら少なくとも知的に笑えるんじゃないか。

 

自信ありげな現代のステファノ―は肝心の中身から離れて饒舌に話し、状況をさらに低く陰湿に複雑にしている。

 

無思慮なためらいのない説得などに百薬の長の効き目などあろうはずもない。

 

ポリティックスは国および社会集団における秩序の形成とその解体をめぐってのせめぎ合いだから、創造と破壊の睨み合い、繰り返しとなる。

 

つくっては壊す新陳代謝がうまくいかなくなれば、活力は失なわれ、ブルブルの発作が起こる、停滞と滞留、要するに糞をひり出せない糞詰まり状態になり、悶死するしかない。

 

法、権力、政策、自治にかかわる諸現象は刻々と変化する、この変化を相手に強引に一撃処理しようとしても、現実の変化に対応できるはずがない。

 

脳の負担が増えて間違うのか、頭に近いところにある目や耳などが聴き間違い見間違いをするのか、見ていながら見えない、聴いていながら聴こえない状態、知力低下、五感は摩耗、本能も消滅する。

 

こうなると4本足の化け物になるしかない、前途にどんな取り返しのつかないことが待ち受けていても、見えない、聴こえない、五里霧中の闇の中、虎になって咆哮するしかないんじゃないか。

 

オリンピックだ、世界一だなどと未来がよく見えるようなことばかり言っていると、とんでもないことになるだろう。

 

ふりの横行する状況のなかでことの本質を突くのは動物的察知能力だ、皮膚感覚によって、たとえば富が公平に人びとに及んでいるかどうかという判断は、あれこれの気配で察知できる。

 

脳に意識や自律神経の偏りや無理が加わると、その人の表情は硬く、きつく、品悪く、不健康そのものに、見れば分かる。

 

身体は頭で考えることに合わせようとしてシグナルを送りつけてきます、目や耳や皮膚が機能不全に陥った物言いをすると是正しようとします、この身体からのシグナルはもう届かないのか、届いても取り違えるのか、

 

心底笑えるものに、泣けるものに、接しよう、シェイクスピアを読み直して創造と破壊が一体のものであることを感じ取ろう、脳を虐める弁論術や説得術は後回しにして。

 

笑えない下手なパロディー劇はもうおしまい。

 

 

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遠い記憶ー『ヴィーナスとアドーニス』34〜36連

 

三横綱途中休場の大相撲も終わり、通常国会が始まりました。

 

聴こえてくるのは男の強がりと弱音。

 

日本国憲法は自由(freedom; liberty)と平等(equality )を保障する、その為に権力を抑制するが、のさばる多数決民主主義は頑迷そのもの、自由権や社会的平等権を踏みにじり、国会という自由に平等にオープンに審議すべき場を封じてきた、法治はことごとく人治に、もう随分長いこと、憲法無視で。

 

強気で押しまくった文書改ざんと記録なし記憶なしは厚労省の不正統計調査に引き継がれ、強がってみせた消費増税も選挙が気になり弱気になって軽減税率とプレミアム賞品券で誤魔化す、なんのこっちゃ、この手の無理強いを忖度して官僚も地方行政も右習い、いや司法までも。

 

日本社会は差別と排除、分断と格差拡大に俄然拍車がかかってきた、私たちはこの横暴をチェックすることができない。

 

お人好しの国民を御し易いと見たか、選ばれた者たちは貴族エリート気分で、何だってできる、とまあ、あの手この手を使って偽装、国民を騙しにかかってくる。

 

21世紀になっても変わらない日本人の、男の、強がり、脆弱性、精神のこわばり、前近代性が、こんな政治の劣化を招いている、グロースター伯爵同様に盲目のために、いや、うまく育たなかったために、未熟なために。

 

この身はかつて森だったのだ、里だった、川だった、泥と雑草の寄せ集めでできている自然そのものだった、私たちはそんな遠い記憶を忘れて、思い出そうとすらしない。

 

だから、土や雑草を汚いと軽蔑し、不要と見て、コンクリートで固め、海辺にうず高く防潮堤を築き、なけなしの海の風景を壊して美しい珊瑚の海を土砂で埋め尽くす、一事が万事この調子、この世に生まれ、どこに向かって歩いているのかが分からないために.

 

一歩また一歩と、山、里、川、海に環って行っているのに。

 

私たちは山、里、川、海のなかで生まれ、そのなかで生きてきた、多くの自然とひとつながりに繋がって生きてきた、そして草木国土悉皆成仏だった。

 

子どもの頃草木や水と戯れることはなかったのか、エリート教育を受けて、選ばれることと舞い上がることしか学ばなかったのか。

 

魂は、土に還る、里に還る、海に還る、川に還る、山に還る、天に昇ったりはしない。

 

往くべき道はふるさとしかないのに、ふるさとはもうない、土砂やコンクリートに埋め尽くされて。

 

いや、ある、遠い記憶のなかにある、ふるさとはこの世の向こう側にある。

 

自然を征服して貴重な生きものを絶滅させてきた私たちは、自然を環境などと言い間違えて、環境にやさしくなどと言っていじくりまわし、好き放題にいじくり回してしまった、それがいまの日本列島、そんな日本社会のトドの詰まりに登場してきたのがコンピュータ、いつの間にか人工知能の時代になっていて、抑揚のない金属音だけが聴こえてくる、自然からの泥臭い生の声はもう聴こえてこない。

 

君は、野性に還ることができるだろうか、潜在脳は確かか、深い意識を呼び覚まして、美と愛と豊穣の女神ヴィーナス(Aphrodite)をイメージできるか。

 

ヴィーナスが現実に存在するのか妄想の産物なのかは知らないが、遠い記憶を辿れば女神がふるさとにいることだけは確か。

 

そう、還るべき先にはヴィーナスがいる、海にいる、泡から生まれ貝の船に乗って、いや、山にいる、川にいる、里にいる、自然のなかにいる、いや、自然そのものとして、懐かしいものとしている、大地の母として。

 

大地を、懐かしいものを、愛してやまぬものを思い出そう、懐かしいものを思い出して血の通わない冷たい石像から甦ろう、ヴィーナスを愛することのできる大人の男として。

 

ヴィーナスとアドーニスのイメージを多面的に理解できれば面白い。

 

 

 頑固よね、火打石、鋼みたいに固いんじゃない?

 火打石だって、雨に打たれれば砕けるでしょうよ。

 女から生まれたのであれば感じないはずがない

 恋することがどんなものか、恋の苦しみがどんなものか?

  あなたのお母さんがそんな固い心の生まれなら、

  あなたを生むことなく、冷酷なまま死んだでしょう。

 

 どうしてこんなに軽蔑されなきゃいけないの?

 どうして怖がるの、私の求愛を?

 どうして口づけがあなたの唇に具合いが悪いの?

 きかせて、やさしい言葉を、でなきゃ黙っていて。

  私に口づけして、お返しするから、

  利子付けて、よかったら倍にして。

 

 何よ、血の通わない肖像、冷たくって、動かない石像、

 きれいに塗りたくられた偶像、生気のない像、死んでるのよ、

 人の目を楽しませるだけの彫像、

 姿は男のようだけど、女から生まれたんじゃない。

  男じゃない、男のように見えるけれど。

  男だったら口づけが好きなはずよ。

 

                 34〜36連

 

 

 Art thou obdurate, flintie, hard as steele?

 Nay more then flint, for stone at raine relenteth:

 Art thou a womans sonne and canst not feele

 What tis to loue, how want of loue tormenteth?

  O had thy mother borne so hard a minde,

  She had not brought forth thee, but died vnkind.

 

 What am I that thou shouldst contemne me this?

 Or what great danger, dwels vpon my sute?

 What were thy lips the worse for one poore kis?

 Speake faire, but speake faire words, or else be mute:

  Giue me one kisse, Ile giue it thee againe,

  And one for intrest, if thou wilt haue twaine.

 

 Fie, liuelesse picture, cold, and sencelesse stone,

 Well painted idoll, image dull, and dead,

 Statüe contenting but the eye alone,

 Thing like a man, but of no woman bred:

  Thou art no man, though of a mans complexion,

  For men will kisse euen by their owne.

   

   relenteth = weary away    want of loue = being denied love  

     contemne = scorn    complexion = appearance   direction = inclination

 

 

ヴィーナスが嘆いている、このアイロニーは面白いんじゃないか。

 

シェイクスピアは劇作家だが、その前に詩人です。

 

アイアンビックペンタミータ(弱強5詩脚)の詩のせりふを書きまくったばかりではない、短い詩(ソネット、12行詩)と長い物語詩を書いた詩人です。 

 

エンターテイナーだから、通り一遍の言い回しには飽き足りない、作り方、読み方、捉え方を一変させて、心底楽しませることのできる力量ある大詩人。

 

読めば、意識の深みにある遠い記憶を、懐かしい経験を想い出させ、現代の空洞を少しは埋めてくれるのではないか。

 

 

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