シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
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読まれるシェイクスピア ―『ヴェニスの商人』1幕3場

 王政復古(1660〜)期にシェイクスピア劇はすっかり様変わりしてしまいました。

 

作者自身の意図を純粋なかたちで再現して偶然性に満ちた猥雑で侵犯性の強い上品な劇をそのままに演じて、観る者とエンターテインメント空間を共有する、そういう意気込みとは裏腹の演出になってしまったのです。

 

この変容は、高い教育を受けて財を成した新興市民層が社会の中枢権力を握り始めたことと関係し、シェイクスピア劇は彼ら中産階級の趣味と教養というあたりで合理的に改作再編成されえしまったのです。

 

当時の文学者たちが改作テクストの横行を許したのは、この時期の中産階級の知的レベルに合わせてのし上がってきた出版資本の存在とその後押しがあったからでしょう。

 

読まれるものとしてのシェイクスピア、これです、実際に劇場で上演されるシェイクスピアとの差を大きく広げる結果となったのは。

 

上演されるシェイクスピアにしても、1741年にリチャード3世を演じて評価を高めドルーリー・レイン劇場の経営権を握ったギャリック(David Garrick, 1717‐79)と、1814年にシャイロック役で熱狂的な評価を得たキーン(Edmund Kean, 1787-1833)らの演技を考え合わせるときに、この時期のシェイクスピア受容の様子が明らかになります。

 

詩人コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772-1834)はキーンを評して、稲妻の閃きでシェイクスピアを読むがごとしと、つまり、シャイロックのユダヤ人差別に対する恨み辛みの声と攻撃的な動きはさながら朗々と読むがごとき見事な演技であったと言ってのけたのです。

 

朗々と読むがごとき演技、18世紀のシェイクスピアがいかに読まれるものとして新聞、雜誌、小説、エッセイ等の流行のなかに埋没していたかが分かるというものです。

 

 

Shy. Three thousand ducats, 'tis a good round sum.

 Three months from twelue, then let me see the rate.

Ant. Well Shylocke, shall we be beholding to you?

Shy. Signior Anthonio, many a time and oft

 In the Ryalto you haue rated me

 About my monies and my vsances:

 Still haue I borne it with a patient shrug,

  (For suffrance is the badge of all our Tribe.)

 You call me misbeleeuer, cut-throate dog,

 And spet vpon my Iewish gaberdine,

 And all for vse of that which is mine owne.

 Well then, it now appeares you neede my helpe:

 Goe to then, you come to me, and you say,

 Shylocke, we would haue moneyes, you say so:

 You that did voide your rume vpon my beard,

 And foote me as you spurne a stranger curre

 Ouer your threshold, moneyes is your suite.

 What should I say to you? Should I not say,

 Hath a dog money? Is it possible

 A curre should lend three thousand ducats? or

 Shall I bend low, and in a bond-mans key

 With bated breath, and whispring humblenesse,

 Say this: Faire sir, you spet on me on Wednesday last;

 You spurn'd me such a day; another time

 You cald me dog: and for these curtesies

 Ile lend you thus much moneyes.

Ant. I am as like to call thee so againe,

 To spet on thee againe, to spurne thee too.

 If thou wilt lend this money, lend it not

 As to thy friends, for when did friendship take

 A breede of barraine mettall of his friend?

 But lend it rather to thine enemie,

 Who if he breake, thou maist with better face

 Exact the penalties.

Shy. Why looke you how you storme,

 I would be friends with you, and haue your loue,

 Forget the shames that you haue staind me with,

 Supplie your present wants, and take no doite

 Of vsance for my moneyes, and youle not heare me,

 This is kinde I offer.

Bass. This were kindnesse.

Shy. This kindnesse will I showe,

 Goe with me to a Notarie, seale me there

 Your single bond, and in a merrie sport

 If you repaie me not on such a day,

 In such a place, such sum or sums as are

 Exprest in the condition, let the forfeite

 Be nominated for an equall pound

 Of your faire flesh, to be cut off and taken

 In what part of your bodie it pleaseth me.

Ant. Content infaith, Ile seale to such a bond,

 And say there is much kindnesse in the Iew.

 

  suffrance = endurance     garberdine = loose outer garment   

   voide = emit     rume = spit  spurne = kick     key = tone 

 

             1.3.

 

シャイ 三千ダカット、結構な金高だ。

 三月が12か月のね、さてその利子の割合は。

アント どうだシャイロック、融通してもらえるか?

シャイ アントーニオの旦那、何度も

 リアルト橋でわしのことを罵りなすったが

 銭のことと利子のことで。

 いつもじいっと肩をすぼめて我慢していたんだ、

 (我慢がわしら民族のしるしだからな。)

 外道の、人殺しの犬のと呼ばわって、

 このユダヤ人の上着に唾を吐きかけなすった、

 それもこれもてめえのものを用立てたから。

 ところがどうだ、わしの助けが必要になったみたいで。

 こんどは、わしんとこに現れて、仰る、

 シャイロック、金が入り用だ、こう仰る。 

 この髭にべったり唾を吐きかけたおまいさんが、

 野良犬を蹴飛ばすみたいに足蹴にしたおまいさんが

 敷居越しに、金が欲しいとおいでなすった。

 どうお応えしたもんだか?いかがでしょうかな、

 犬に用立てられますかってのは?どうでしょうかな、

 野良犬に三千ダカット用立てられますかな?それとも

 腰をかがめて、奴隷になって

 息を殺して、囁きますかな、

 こんな具合に。旦那様、水曜日には唾を吐きかけなすった。

 いつぞやは足蹴にしてくだすった。別の日には

 犬呼ばわりなすった。重なるおもてなしのお返しに

 これこれの大金を用立てさせてまらいますってのは。 

アント 俺はこれからもお前を犬呼ばわりし、

 唾を吐きかけ、足蹴にするかもしれん。

 金を貸す気があるなら、貸すと思わなくていい

 友だちに、友情で

   友だちにうまずめ女を抱かせて子を産ませられるか?

 敵に貸すと思えばいい。

 敵が違約したら、割のいいカタがとれる

 違約金を。

シャイ そういきり立つことはない、

 こっちは仲良くして、可愛がってもらいたいんだ、

 この身に塗りたくられた恥も忘れてな、

 御入用の金高を用立てしますよ、利子はとらない

 わしの金には、信じねえんですかい、

 これはこっちの好意なんだ。

バッサ 好意か。

シャイ その好意を御覧に入れましょう、

 一緒に公証人のところに行って、そこで

 判をついてもらいます、それに戯れに

 これこれの日に返済できないときは、

 これこれの場所で、これこれの金額を

 返済できないときは、そのカタとして

 きっちり1ポンド頂戴する

 旦那の体の肉を、切り取っていいってことに

 どこでも好きなところを。

アント 分かった、その証文に判をつく、

 そしてユダヤ人も大変親切だと言い添えるよ。

 

 

この部分などを読むがごとくに、いや、『ヴェニスの商人』は読むがごとくに演じられる芝居ではありません、シャイロック中心のしばいでもありません。

 

4組のカップルのそれぞれの友愛、恋愛、結婚讃美それに親子愛を主題とする愛の四重奏とでも言うべき喜劇ですよ。

 

ギャリック、キーン以来、シャイロックをいかに読むがごとくに演じるかが「シェイクスピア役者」と称されるようになって、そのために作品は歪められ、その歪みはいまも是正されることなくシャイロックの『ヴェニスの商人』が演出され続けています。

 

シェイクスピア役者による上演は時代考証に忠実で、エリザベス朝の衣装や装置を大掛かりに使うことを好みましたが、そのためにシェイクスピアのテクストは大幅に変更されたりカットされたりもしたのでした。

 

ギャリックはシェイクスピア劇を翻案し、『ハムレット』については高貴な芝居をがらくたまみれの第5幕から救わなければならないと言って墓掘りの駄洒落、オズリックの場、フェンシングの試合を削ってしまいました。

 

そんなこんなの邪道を含めて、時代の習慣としてシェイクスピアを読むことが流行となり、読まれるシェイクスピアとして神格化を促す結果となったのです。

 

何をか言わんや、天才シェイクスピアを自分に都合のいいように読むことで満足するようになった凡人どもの俗物根性、自分の朗々たる読みをひけらかす玩具にされてしまったシェイクスピア、天才に引き寄せられるのでなく、凡人側に引きずり落とされたシェイクスピア。

 

極め付きがロシアの小説家トルストイ(Lev Nikolaevich Tolstoi, 1828-1910)です、みんなが誉めそやすので読んでみたが、シェイクスピアからは何一つ心揺さぶられるものはなかったと嘆いたのです、なんとまあ劇的想像力の乏しい方であることか、信じられません。

 

すぐれた詩は神仏の御胸に宿る、詩歌より受ける天来の声は宇宙に響く楽の音にも等しい、天地万物こぞって賞め称えなければなりません。

 

が、読むシェイクスピアの悪癖はソネットにも及んで、ゴシップ探しの解剖分析などという愚にもつかぬ俗物の手法が適用されて、大詩人としての栄誉を著しく傷つけてしまいました。

 

シェイクスピアの誤解釈は西ヨーロッ パ全域に拡がり、ドイツではレッシングやゲーテがシェイクスピアを論じ、フランスではヴォルテール、スタンダール、ユーゴーがグロテスク(grotesque、人間を超越した絶対者が意味をなさない世界を曲線模様などで描いた)の劇作家として理屈っぽく称えて、それぞれの国における中産階級の勃興とナショナリズムの発展に寄与させました。

 

シェイクスピアの換骨奪胎の悲劇はいまなお続いていますが、天才詩人を凡人たる自分に都合のいいように引き降ろして解釈利用を謀る輩は、人の心を迷わして地獄に誘う悪魔にほかなりません。(2017.8.26)

 

 

Web Graduate School Shaks

Shakespeare Reading Lab.

http://shaks.jugem.jp/

 

 

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