シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
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シェイクスピアの版本

 

 

 

総選挙最大の争点がいつの間にか北朝鮮問題にすり替えられていまね。

 

外交・安保問題を突き付けられると私たちはもうお手上げ、経済的圧力を強めるとか、米国の軍事力でどうとか、独裁国家はいずれ崩壊するだろう、などとナショナリスティックに期待してしまう。

 

日本人のこの現実逃避癖を衝いて、政権与党は自分がこの国を守るのだと言う、現状を打破する外交能力のなさを棚に上げて、勇ましい言葉に置き換えて。

 

平和は、あの手この手を尽くして勝ち取るもの、軍事力でなく言葉で、外交力で、言葉のかぎりを尽くして誠意ある態度で向き合い、何が対立をもたらしているかを見極める、主張するところは断乎主張し、譲るところは譲る、そんな努力もしないで、思い上がったついでに憲法を変えなければ国を守れないなどと言い出す。

 

平和憲法に生きる気概はなく、私たちも不勉強だから、考えない、いとも簡単に国家主義的プロパガンダに乗せられてしまう。

 

シェイクスピア劇は政治学の教科書です、政治を志す者は心が真っ直ぐでなければならないと教えています。

 

私たちはいい加減につまみ食いしかしないから何一つ身につかない、教科書は異質なものとの付き合い方を教えているが、活かされることがない、うさん臭い劇場型政治が蒸し返されるばかり。

 

 The man of life upright

   Whose guiltless heart is free

   From all dishonest deeds

   Or thought of vanity.

 

   The man whose silent days

   In harmless joys are spent

   Whom hopes cannnot delude

   Nor sorrow discontent.

 

   That man needs neither towers

   Nor armour for defence

   Nor secret vaults to fly

   From thunder's violence.

 

   He only can behold

 With unaffrighted eyes

   The horrors of the deep

   And terrors of the skies.

 

   Thus scorning all the cares

   That fate or fortune brings

   He makes the heaven his book

   His wisdom heavenly things.

 

   Good thoughts his only friends

   His wealth a well-spent age

   The earth his sober inn

   And quiet pilgrimage.

 

   生き方が真っ直ぐな人は

 天衣無縫で

 曲がったことをしない

 虚栄心とは無縁。

 

 ただ黙々と

 穏やかな歓びの日を送り

 希望にも心を惑わされない

 悲しみにも乱されない。

 

 城壁は必要ない

 鎧も必要ない

 秘密の地下室も必要ない

 雷が落ちてこようが。

 

 そういう人だけが

 臆せず見据えることができる

 淵の恐怖を

 空の脅威を。

 

 だから思い煩うことがない

 運不運が何をもたらそうと 

 天を仰いで神意を読み

 敬虔な思いを知恵とする。

 

 詩想をわが友とし

 満ち足りた齢を財産とし

 地上の生を静謐な宿とする

 密やかで目立たない旅人なのだ。

 

シェイクスピアの同時代人、キャンピオン(Thomas Campion, 1567-1620)の『歌謡曲集』(Book of Airs) から。

 

キャンピオンは医者で、音楽家で、詩人でしたが、こんな透明な詩を読むと、国難だと騒ぎ立てる不誠実な長広舌にいまさらながらうんざりさせられます。

 

シェイクスピアのテクストについて再考しておきます。

 

版木に彫って印刷した書物のことを版本(はんぽん)と言いますが、シェイクスピア戯曲の原本には大型本のフォリオ(Folio、印刷用全紙を1回折って2葉4ページにした書物のつくり)と小型本のクォート(Quarto, 四つ折り本)があります。

 

全紙の大きさは一定しており、縦34僉横23 ほど、1623年に出版されたシェイクスピア全集はフォリオ版で、ファースト・フォリオ(First Folio)と言っています。

 

編者のグローブ座幹部座員ヘミングとコンデルは、フォリオ版冒頭の献辞に「尊敬すべき友人であり同僚であったわれらのシェイクスピアのおもいでを永遠のものとするために」(to keepe the memory of so worthy a Friend, and Fellow aliue, as was our Shakespeare)、「真正な原本に基づいて刊行」(Published according to the True Originall Copies)と記しています。

 

全集編纂前後に出ているクォートは単行本で、17作が単行本で出版され、後に全集に収められました。

 

ファースト・フォリオ収録の戯曲は36篇、ただし単行本がそのまま再録されたわけではなく、綴字がシェイクスピアの指示であるか、筆耕あるいは植字工の介入であるか、句読点、符号にも多くの異形が見られ、印刷時の誤字、脱字もあり、加筆、修正、削除いろいろあって、『リア王』、『リチャード3世』、『ハムレット』、『オセロ』、『トロイラスとクレシダ』等にはクォートとフォリオの間にかなりの差異が認められます。

 

『リア王』は『リア王物語』(The Historie of King Lear1608 年出版の第1クォート)と、『リア王の悲劇』(The Tragedy of King Lear1623年出版の第1フォリオ)が並び立ち、作品の不確定性を際立たせています。

 

現代的な偏見や先入見を排して異形の原綴りを現代綴化し、間や沈黙、呼吸、つまり句読点や感嘆詞、カッコやダッシュ、疑問符などをどう校訂(本文を他の伝本と並べて手を加えて正すこと)処理するかのテクスト編纂の問題には、それはもう大変な苦悩が伴ったのです。

 

シェイクスピアはほとんどト書き(場の状況説明、トランペットと太鼓の効果音、登場人物の動きなどを指定)を入れていなかった、にもかかわらず、テクスト編纂者たちは朗誦性とリズム感を重視、場を占める空間に舞うせりふを想定して、たぶんこうだろうということで付け加えたり削ったりして、感嘆詞や疑問符、句読点を多用しました。

 

結果的に、場の連続を旨とする劇作家の意図が無視されて特定されたコンテクスト(背景、状況、文脈、前後関係)で読まれ、5幕の幕割りにされたり、恣意的にかなりの個所が改変され、せりふも一息に一気に朗誦できなくなったりして、9年後の1632年にSecond Folio が出版されました。

 

上演されない演目もあり、上演されてもオペラ化されたり、時代考証を忠実にエリザベス朝の衣装や装置を使ったりして、その分テクストが大幅に変更され、カットもされて、時代の気分に合わせて中産階級のエンターテインメントとして再編成されました。

 

シェイクスピア劇が観るものでなく読まれるものという捉え方になったのはこの頃からです。

 

1663年にはThird Folio が出て、クオートで刊行された7篇がシェイクスピア作として加えられましたが、クォートとフォリオのどちらを校訂の底本とするかが依然として問題とされ、7篇のうち『ペリクリーズ』のみ正典とされてシェイクスピアの戯曲は全部で38篇ということになりました。

 

ところが、いまは、『血縁の2貴公子』(The Two Noble Kinsmen)と『エドワード3世』(Edward III )も一部シェイクスピアの作と言われるようになり、これらを入れてぜんぶで40作品ということになっています。

 

演出も、演技も、できるかぎりシェイクスピアの原作に忠実に、装置や衣装は現代風にと、ピーター・ブルックやピーター・ホールといった演出家によって、ローレンス・オリヴィエやジョン・ギールグッドといった役者によって、同時代人としてのシェイクスピアが甦りつつあります。

 

映画になり、多くの言語に翻訳され、アジア、アフリカ、中南米で翻案劇が上演され、中国語やタガログ語、ヒンズー語による翻案劇や映画が国際演劇祭等で上演されるようにもなりました。

 

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが来日公演し、日本語訳シェイクスピア劇がロンドンで公演され、シェイクスピアの顔が紙幣やクレジットカード等に使われ、シェイクスピア全集が教養人なら誰でも座右に置いておきたいベストセラーとなり、ファースト・フォリオがインターネット上に公開されて、シェイクスピアはいつでも、どこでも、誰にでも、常に現在形で目の前にオープンに存在するようになりました。 

 

けれでも、シェイクスピアの版本は安定したものではありません、読む上で何が正解かというものもありません。

 

多様な人間関係を愛憎の極地において描きながら、置かれた状況に抗ってあらゆる境界を侵犯しようとするシェイクスピアの劇作の意志は一貫して揺るがず、時代を経るごとに拡散し、千変万化する7色の虹色に線引きされて、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の人間観、社会観となっていますが、どこにも境がない一続きの虹色として輝き続けています。(2017.10.14)

 

 

シェイクスピア朗読教室         

http://shaks.jugem.jp/

 

 

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