シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
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メタファー−『十二夜』2幕4場

 

北で軍事パレードがあり、南で冬の平和の祭典が始まり、違和を禁じ得ないけれども、遠い昔もこんな風景がありました。

 

古代オリンピック、つつき合いを休戦状態にして祭典をやっていたのです。

 

北朝鮮の鳴り物入りの代表団と美女応援団を見て、これでは平昌(ピンチョン)でなく平城(ピョンナン)オリンピックみたいと慨嘆する声が韓国内で上がりました。

 

〜みたいという喩えはよく使われる表現技法で、メタファー(metapher、暗喩)と言います。

 

比喩表現を劇のワンシーンに入れることがあって、場が繋がり、まとまって、一つのストーリーを構成しますから、劇全体の主題をメタファーとも言ったりします。

 

シェイクスピアは楽しくもなり悲しくもなる音楽を多用しますが、基本的には声と動きだけを頼りに劇空間をつくり、随所に演劇でしか達成できないような比喩表現を用います。

 

男装のヴァイオラが名を変えて、喩え話密かに愛する男性に々と恋心を訴える場面、あちこちに比喩表現が。

 

 

Du. Let all the rest giue place: Once more Cesario,

 Get thee to yond same soueraigne crueltie:

 Tell her my loue, more noble then the world

 Prizes not quantitie of dirtie lands,

 The parts that fortune hath bestow'd vpon her:

 Tell her I hold as giddily as Fortune:

 But 'tis that miracle, and Queene of Iems

 That nature prankes her in, attracts my soule.

Vio. But if she cannot loue you sir.

Du. It cannot be so answer'd.

Vio. Sooth but you must.

 Say that some Lady, as perhappes there is,

 Hath for your loue as great a pang of heart

 As you haue for Oliuia: you cannot loue her:

 You tel her so: Must she not then be answer'd?

Du. There is no womans sides

 Can bide the beating of so strong a passion,

 As loue doth giue my heart: no womans heart

 So bigge, to hold so much, they lacke retention.

 Alas, their loue may be call'd appetite,

 No motion of the Liuer, but the Pallat,

 That suffer surfet, cloyment, and reuolt,

 But mine is all as hungry as the Sea,

 And can digest as much, make no compare

 Betweene that loue a woman can beare me,

 And that I owe Oliuia.

Vio. I but I know.

Du. What dost thou knowe?
Vio. Too well what loue women to men may owe:

 In faith they are as true of heart, as we.

 My Father had a daughter lou'd a man

 As it might be perhaps, were I a woman

 I should your Lordship.

Du. And what's her history?

Vio. A blanke my Lord: she neuer told her loue,

 But let concealment like a worme i'th budde

 Feede on her damaske cheeke: she pin'd in thought,

 And with a greene and yellow melancholly,

 She sate like Patience on a Monument,

 Smiling at greefe. Was not this loue indeede?

 We men may say more, sweare more, but indeed

 Our shewes are more then will: for still we proue

 Much in our vowes, but little in our loue.

Du. But di'de thy sister of her loue my Boy?

Vio. I am all the daughters of my Fathers house,

 And all the brothers too: and yet I know not.

 Sir, shall I to this Lady?

Du. I that's the Theame,

 To her in haste: giue her this Iewell: say,

 My loue can giue no place, bide no denay.

 

 parts = possessions 運命の女神が与えた地位や財産    prankes = adorns  

 Sooth = In truth   sides 脇腹   bide = withstand     retention = constancy 

 Pallat = Palate    Liuer  肝臓は愛の宿るところと考えられていた

 cloyment = satiety     reuolt = revulsion     owe = have for

 

                                                 2.4.

 

公爵 他の者も下がってくれ。もう一度頼むシザーリオ

 例のこの上なく残酷なあの人のところへ行ってくれ。

 私の愛をこう伝えるのだ、世間並みの俗な愛ではない

 財産や領地の有無など問題ではない、

 運命が与えたものなど。

 こう伝えるのだ運命の女神だと思っていると。

 いや奇跡だ、宝石の女王だ

 自然が飾る、私の魂はそこに惹かれていると。

ヴァイオラ でも愛せないと言われたら。
公爵 そんな答えは受け取れない。

ヴァイオラ そんな受け取らなきゃ。

 たとえばある女が、いるとして、

 旦那様への愛のために苦しんでいる

 旦那様がオリビア様を愛するように。でも旦那様は愛せない。

 そう言う。そしたら受け取らないわけにはいかないでしょ?
公爵 女の脇腹など

 強い熱情の鼓動には耐えられない、

 愛が私の心臓にもたらすようには。女の心臓は

 大きくない、多くを入れるほどには、収容力がない。

 ああ、女の愛は食欲のようなもの、

 肝臓の働きではない、味覚と同じ、

 食い過ぎて、飽きて、吐き気を催す、

 ところが私の愛は海のように飢えている、

 消化する力も海のようだ、比べないでくれ 

 どこかの女が私に抱く愛と、

 私がオリヴィアに抱く愛を。

ヴァイオラ でも知っているんですよ。
公爵 何をだ?
ヴァイオラ 女が男に抱く愛がどのようなものか。

 決して心変わりはしない、私たち男に。

父に娘がいてある男を愛するようになりました

それはたぶん、私が女なら

旦那様をお慕いするような愛だったんでしょう。

公爵 どうなった娘は?

ヴァイオラ 白紙のままですよ旦那様。誰にも恋を打ち明けないで、

 隠し続けて花の蕾に巣くう虫のように

 薔薇色の頬を色褪せさせてしまった。恋の思いにやつれて、

 蒼ざめた憂いを胸に、

 記念碑の忍耐の像のように座っていました、

 悲しみに微笑みかけて。これがほんとうの恋でしょ?

 私たち男はやたらと言葉を出し、誓いを立てる、でもそれは

 意志に反する見せかけ。いつだって男は

 誓いはたっぷり、愛はちょっぴりですよ。

公爵 でお前の姉は恋患いで死んだのか?

ヴァイオラ 父の娘がこの私、

男の兄妹も。よく分からないけど。

あの、お嬢様のところに行ってきましょうか?

公爵 それが問題だった、

急いで行ってくれ。この指輪を渡して。こう言うのだ、

私の愛は一歩も譲れない、お断りは受け取れませんと。

 

                 

娘であり双子の兄妹であるヴァイオラは曖昧に答えるしかありません。

 

自分がその娘なのだと言いたいが、言えない、兄のセバスチャンは生きているかもしれないので、父の娘はこの私で、男の兄妹もと曖昧に答えるしかないんですね。

 

そんなヴァイオラの喩え話はいかにも悲しいが、注目すべきは言葉の特異な演劇的効果、ヴァイオラは公爵に伝わるはずのない愛を告白しているだけではありません。

 

実際に舞台に立ちつくしている自分自身の姿を自分の言葉によって形象化している、つまり、せりふの声とイメージがそのままヴァイオラの姿に投影され、その立ち姿はそのまま虫に食い荒らされる薔薇となり、悲しみに微笑んで耐えている忍耐の石像そのものを映し出しているのです、メタファーとなって。(2018.2.9)

 

 

シェイクスピア朗読教室                

http://shaks.jugem.jp

 

 

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