シェイクスピア朗読

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境界線−『お気に召すまま』5幕2場

 

4月27日、韓国と北朝鮮の首脳が軍事境界線を挟んで握手、板門店の韓国側施設「平和の家」で会談しました。

 

朝鮮半島の分断が一つの国家統一に向かって動き出す気配。

 

もともとひとつながりに繋がっていた関係を恣意的に線引きしてもいずれ境界線は不分明に、冷戦終結の歴史の転換点ではそれまでの固定観念は一瞬にして吹き飛ぶことを私たちは経験によって知っています。

 

この会談が変貌への歩みとなってやがて統一旗を掲げる日を迎えられるよう期待したいですね。

 

男女の境界も然りで、私たちには一つの性からもう一つの性へと揺れる異性を装う(transvestiism)の瞬間があり、人間の精神は性の変換可能な両性具有を備えたときに最も強く豊かなエネルギーを発揮できるのかもしれないのです。

 

そのことは遠い昔から言われてきたことで、シェイクスピア時代の男性中心の父権性社会にあっても、舞台の男装は女らしさを際立たせて自由な気分を楽しむ格好のエンターテイメントとなっていたのです。

 

『お気に召すまま』のこの場面。

 

 

ロザリンド ああオーランドー、胸が張り裂けそうだ、

 君の心臓に包帯が巻かれているのを見ると。

オーランドー 腕だよ。

ロザリンド ライオンの爪で心臓に傷を受けたんじゃないかと思って。

オーランドー 心臓には受けたよ、でもそれはある女性の眼差しのせい。

ロザリンド お兄さんから聞いたのかい僕が気絶のふりをした話

 あのハンカチを見せられて?

オーランドー ああ、もっと驚くような話も。

ロザリンド ああ、分かっているよ。いや、ほんと。

 あんな藪から棒の話はない、牡牛同士の

 喧嘩や、シーザーの来た、見た、

 勝ったの見栄っ張りの話なら別。君の兄さんと、僕の妹は、逢うや

 否や見つめ合った。見つめ合うや否や、二人は

 恋に落ちた。恋に落ちるや否や、溜息をついた。溜息をつくや

 否な互いに訊ね合った。理由を知るや

 否や、恋の病いの治療法を求め合った。そして

 こうして、一段また一段と結婚への階段を登り詰め、

 いま一気に駆け上がろうとしている、結婚が許され

 なければ。我を忘れて恋の焔に

 なっちゃった、二人がそう。棍棒で引き離そうたって

 無理。

オーランドー 明日式を挙げるんだ。私が

 公爵をお招きする。でもああ、何て辛いん

 だ、他人の目でしあわせを眺めなくちゃならないんだから。

 そのしあわせの分だけ明日の私は

 心が重くなる有頂天になっている兄を

 見ると、望む女を手に入れてさ。

ロザリンド じゃあ明日、僕が役を引き受けられないとでも言うの

 ロザリンドの?

オーランドー もう想像するだけでは生きて行けない。

ロザリンド それならこれ以上君を滅入らせるようなお喋りは

 やめよう。聴いてくれないか(今度は真面目な

 話)君が物分かりのいい紳士だってことは分かっている。

 こう言わなくても、是非とも信じて

 欲しいなんて。君のことを(つまり)よく知っている。と言っても

 評価してくれじゃなくてほんのちょっと信用してくれたら、

 役に立ちたいだけ、ひけらかすんじゃない。いいかい、もし何なら、

 僕は不思議なことができるんだ。それは三つのときから

 ある魔術師と知り合いになったおかげでね、秘術を

 究めていたが、邪なところはなかった。君がロザリンド

 心の底から愛しているなら、そのそぶりに現れているほどに。

 兄さんがエイリーナと結婚するとき、君を彼女と結婚させてあげる。

 ロザリンドもどんなに惨めな状態に追い込まれているか、僕に

 不可能はない、君さえ差し支えなければ、

 明日君の目の前に彼女を立たせてみせるよ、本物の彼女を、

 危っかしいところは何もなしだ。

オーランドー そんなこと真面目に言っているのか?

ロザリンド 命に賭けてもいい、命は大切だ、

 いくら魔術師と言ったって。そういうわけだから晴着を

 着て、友だちを呼んでくれないか。明日結婚したい

 んなら、そうさせてあげる。ロザリンドを君が望むなら。

 

                  5幕2場

 

 

Ros. Oh my deere Orlando, how it greeues me to see

 thee weare thy heart in a scarfe.

Orl. It is my arme.

Ros. I thought thy heart had beene wounded with

 the clawes of a Lion.

Orl. Wounded it is, but with the eyes of a Lady.

Ros. Did your brother tell you how I counterfeyted

 to sound, when he shew'd me your handkercher?

Orl. I, and greater wonders then that.

Ros. O, I know where you are: nay, tis true: there

 was neuer any thing so sodaine, but the sight of two

 Rammes, and Cesars Thrasonicall bragge of I came, saw,

 and ouercome. For your brother, and my sister, no soo-

 ner met, but they look'd: no sooner look'd, but they

 lou'd; no sooner lou'd, but they sigh'd: no sooner sigh'd

 but they ask'd one another the reason: no sooner knew

 the reason, but they sought the remedie: and in these

 degrees, haue they made a paire of staires to marriage,

 which they will climbe incontinent, or else bee inconti-

 nent before marriage; they are in the verie wrath of

 loue, and they will together. Clubbes cannot part

 them.

Orl. They shall be married to morrow : and I will

 bid the Duke to the Nuptiall. But O, how bitter a thing

 it is, to looke into happines through another mans eies:

 by so much the more shall I to morrow be at the height

 of heart heauinesse by how much I shal thinke my bro-

 ther happie, in hauing what he wishes for.

Ros. Why then to morrow, I cannot serue your turne

 for Rosalind?

Orl. I can liue no longer by thinking.

Ros. I will wearie you then no longer with idle tal-

 king. Know of me then (for now I speake to some pur-

 pose) that I know you are a Gentleman of good conceit:

 I speake not this, that you should beare a good opinion

 of my knowledge: insomuch (I say) I know you are: nei-

 ther do I labor for a greater esteeme then may in some

 little measure draw a beleefe from you, to do your selfe

 good, and not to grace me. Beleeue then, if you please,

 that I can do strange things: I haue since I was three

 yeare old conuerst with a Magitian, most profound in

 his Art, and yet not damnable. If you do loue Rosalinde

 so neere the hart, as your gesture cries it out: when your

 brother marries Aliena, shall you marrie her. I know in-

 to what straights of Fortune she is driuen, and it is not

 impossible to me, if it appeare not inconuenient to you,

 to set her before your eyes to morrow, humane as she is,

 and without any danger.

Orl. Speak'st thou in sober meanings?

Ros. By my life I do, which I tender deerly, though

 I say I am a Magitian: Therefore put you in your best a-

 ray, bid your friends: for if you will be married to mor-

 row, you shall: and to Rosalind if you will.

 

   Thrasonicall = Boastful       paire = flight      incontinent = hastily   

  conceit = understanding       insomuch = inasmuch as     

  conuerst = associated      tender = value      bid = invite

 

 

ロザリンドが女装しているのは第1幕の宮廷の場と5幕4場の結婚の場のみ、男装は恋人オーランドーを相手に行動範囲を広げて恋愛遊戯を楽しむ絶好の隠れ蓑になっているばかりか、恋のメランコリーに憑りつかれた相手を治療するサイコセラピストとしての役割をも担っていました。

 

アーデンの森が設定されて牧歌劇に似つかわしい森ながら、この森には蛇が出てきて、乳房を枯らした雌ライオンも出てきます。

 

兄のオリヴァーが襲われそうになっているところを助けに入ったオーランドーは雌ライオンに傷を負わされたのです。

 

血のついたハンカチを見せられてロザリンドは気を失いますが、そのときの言い訳が「どうやら僕は女だったほうがよかったみたい」(4幕3場)というものでした。

 

そしてこの場に至ってようやく、オーランド―がギャ二ミードをロザリンドに見立てて成り立っていた恋愛遊戯が終わり、自由な夢の世界が現実に引き戻されます。

 

舞台でロザリンドを演じていたギャ二ミードは子どもとも大人とも知れない性的にまだ曖昧さの残っている紅顔の美少年俳優、そんな異性装のロザリンドを見て観客は自分のなかに異質なものへ変貌する意志のあることに気づかされたかもしれません。

 

男女の役割の固定化ほど自由を奪うものはないし、男と女の境界線は自己解放の自由を縛る線にしかならないから。

 

男と女の2項対立が崩れて混乱が起こって異性愛と同性愛の喜劇性が高まり、男を演じる女のエロティシズムが横溢する、ばかりのエンターテインメントでもないのです。

 

男性優位社会に対する批判、階級の否定、個々の自由度を高める政治的主張の試みにもなっているのではないでしょうか。

 

引き裂かれた存在の自己と他者のありようを鏡に映すならば、多くの境界の曖昧さが見えてきます、書き換えと改ざん、忖度と保身、セクハラと罠にはめられた等々、ことほど左様に線引きされる境界線は二つに引き裂かれた一つながりの存在の曖昧さをビビッドに照らし出してくれます。

 

エリザベス女王時代の最盛期、イングランドがスペインの無敵艦隊を破って新興プロテスタント教国として台頭し始めた頃、ジェイムズ王がスペイン、ポルトガル、オランダの植民先進国に続いて帝国への夢を抱いた1580年代後半から1610年代前半までの30年間、内と外が過激に出逢ったロンドンで、シェイクスピアはまさに境界世界に身を置いていました。

 

大陸の急進的なプロテスタント運動が波及してプラトニズム、ヘルメス主義、カバラ信仰、練金術、マキャベリの思想が中世の確固不動の世界観を揺るがし始めた、経済変動によって伝統的な村落共同体が解体され農村から都市への人口流入が激化した、植民地からもたらされる異文化が伝統文化をくつがえし始めた、そんな自己と他者の再認識を迫られる境界線のない時代がシェイクスピアの時代だったのです。

 

シティ―の北・西・東は城壁で囲まれ、南側はテムズ河を境いとして、内に室内劇場ブラックフライアーズ座(1596年)とホワイトフライアーズ座(1608年)、四つの法曹学院、王侯貴族の館が劇の場として存在しました。

 

周縁地区は市当局の管轄外で、シアター座(1576年)とカーテン座(1577年)が the Liberty of Holywell という自由区に、フォーチュン座(1600年)は the Liberty of Finsbury に、ローズ座(1587年)とグローブ 座(1599年)は市の南の境界をなすテムズ河岸サザックの the Liberty of the Clink に、スワン座(1595年)とホープ座(1614年)は the Liberty of the Paris Garden にありました。

 

それぞれLiberty(自由)と呼ばれる解放区にありながら、市の統制とそれを抑える王の直轄権力が拮抗し、権力による規制と解放、秩序処罰と無法無頼が対立、サザックのクリンク地区には熊いじめなどの大衆的な見世物や処刑場、精神障害者施設、娼宿、酒場があり、グローブ座での上演があり、負の価値を増幅させながら抑圧統制と解放自由を吸収混在させて相反する力が睨み合っていました。

 

大衆的な見世物と同列にありながら生と死の境域人生の不思議を異種混交的包括的に説くせりふで境界侵犯し続ける劇、それをナッツや林檎をかじりながら口や胃袋も同時に楽しませていたロンドンの観客の呆れるばかりの貪欲ぶりがひとつながりに繋がっていたのです。

 

並みの頭ではこの世のありようははかれない、自分のなかに他者を探って境界線突破、自己表象と他者表象を鏡に映し取って可変性ある生き方を探る、それがグローブ座の観客のエンターテインメント鑑賞の態度でした。

 

 

うちむらとしのりシェイクスピア朗読                

http://shaks.jugem.jp

 

 

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