シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
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自然の女神が―ソネット20

 

民主主義(democracy)の語源はギリシア語の demos (人民) と kratia(権力)をくっつけた複合語で、権力は人民にあり、権力は人民が行使するという考えとその政治形態を指して言います。

 

民主主義が危機に瀕するとはどういうことか。

 

政権の強権的体質、人事権を握る官邸、官邸に対する忖度、隠蔽、公文書改ざん、なかったはずの文書発見、まったく考えていない発言直後の解散、議論の軽視、教育への政治介入、マスコミへの介入、女性嘲弄、威圧的に下品な言葉を繰り返す大臣の赤っ恥、偽装の上塗り、議会政治の機能不全、こんな状況を指しています。

 

英誌「エコノミスト」の調査による民主主義指数によれば、日本は2015年度から欠陥ある民主主義国に転落し続けています。

 

いまの機能不全状態をカオス(chaos)と言うのでしょうが、同じシッチャカメッチャカでもシェイクスピアの場合ちょっと違う。

 

シェイクスピア劇に指定される場所や時代は千差万別、ジャンルやテーマは多種多彩、雑多な登場人物、多様多彩な職業、性別、人種が並び立って、それぞれの魅力を発散して躍動、複数の力が隣り合わせて引っ張り合う、客席にはあらゆる階層の男女が入り混じって、外国人も多く、座りあるいは土間客として自由気ままに動き回っていました。

 

シェイクスピアはこの劇の場のありようを念頭に置いてエンターテインメントを提供しようとしたのであり、なかでも女優のいない劇団の現実を踏まえて作劇、とりわけ異性装のエロティシズムに強烈な演劇的インパクトを見い出していました。

 

ソネットにしても、従来の女性讃歌のテーマでなく、想定外の状況設定を。

 

 

 A Womans face with natures owne hand painted,

 Haste thou the Master Mistris of my passion,

 A womans gentle hart but not acquainted

 With shifting change as is false womens fashion,

 An eye more bright then theirs, lesse false in rowling:

 Gilding the obiect where-vpon it gazeth,

 A man in hew all Hews in his controwling,

 Which steales mens eyes and womens soules amaseth.

 And for a woman wert thou first created,

 Till nature as she wrought thee fell a dotinge,

 And by addition me of thee defeated,

 By adding one thing to my purpose nothing.

      But since she prickt thee out for womens pleasure,

      Mine be thy loue and thy loues vse their treasure.

 

    passion = ardent love  hand = (without cosmetics)   rowling = wandering   

      amaseth = overwhelms   hew = appearance   for = to be    
      fell a dotinge = behaved foolishly     prickt = selected

                    

                                                           sonnet 20

 

 自然の女神が自分の手で描いた女の顔を持つ君よ、

 君はわが情熱の男の愛人、

   女のやさしい心を持っているが君は知る由もない

   変わりやすい移り気を不実な女が持つことなど、

   君の目は女の目よりも美しく輝き、不実な流し目はしない。

   見つめる相手を金色に輝かせながら、

 一人の風貌でありながらあらゆる人間に変貌し、

 男たちの目を奪い女たちの魂を魅惑する。

   君ははじめ女としてつくられたが、

 自然の女神は君をつくるうちにおふざけが過ぎて、

   よけいなものを付け加えて私を君から引き離した、

   私には何の意味もない一物を付け足して。

          だが女神は女たちの歓びのためにそんな選択をしたのだから、

     私には君の恋情を君の恋人には歓びを与えてやってくれ。   

                

 

求愛を中心に異性愛と同性愛が表裏一体となって展開されていることは明らか。

 

この詩の状況設定から読み取れるのは、男を演じる女の究極のエロティシズム、自分のなかの女としての他者を見据えて、言葉では言い尽くせない境域に踏み込む気概です。

 

言葉にすれば胸迫る痛切な思いは裏切られ、切り離される、j常識的な言葉では形象できない、もどかしいのです。

 

君が好きだ、讃美したい、が、書けない、いま自分は君のおかげで溢れるほどのしあわせのなかにいるというのに。

 

舞台でも詩の世界でも、シェイクスピにあっては、ありきたりな現状肯定主義と天を仰ぐばかりの新奇なる美意識がせめぎ合っているのでしょう。

 

表現の自由の権利は抑制されるものでない、が、始末の悪いことに、大きな声の持ち主が勝って自分本位のハイアラーキーをつくる、自分は生命進化の頂点にある、知的、論理的、霊的に一番高いところにいる、声の小さい者は、女性は、下にいる、自分に近いところにいる者の命の価値は高く、自分から遠ざかれば遠ざかるほど低くなる、遠くにあるものは御しやすい、もっと下には猿がいる、四本足の獣類がいる、鳥類がいる、魚類がいる、一番下に原生動物のアメーバーという植物だか動物だかわからない生物がいると考える。

 

そういう愚にもつかぬピラミッドをつくりたがる者が不当な権力を行使し出したら、声の小さい表現者はどう対処したらいいか、どう局面転換を図れるのか、利益独占妄想集団を凹ますにはどうしたら。

 

忖度?真っ平御免なすって、上下をひっくり返す、左右を入れ替える、陰を日なたにする、すると、深遠を装う政治哲学が猥褻な饗宴の場となる、静謐ぶった語らいが喧騒となる、その勢いで女が男になる、男女のアイデンテイテイーが混濁する。

 

所有し支配したはずが支配され、排除したつもりが取り込まれ、この世のありとあらゆる出来事が境界を跨いで流動、変貌し始める。

 

マッチョ優位の世界がこの世を支配しているが、気がつけば自然の女神が微笑み、平等に、あらゆる命あるもの、生きとし生けるものの傍にあって笑っている、そんな民主主義的奇跡が起るといい、言葉の上だけでなく。

 

アナーキー?そんなんじゃないんだよ。

 

自然の女神を讃美せずして何を讃美するのか、真の価値は性差や上下という距離感で測れるものではない、男女の、男同士の、女同士のそれぞれの恋や愛や友情も並べるだけ並べ立てて、真に自由に平等に命を輝かしてくれるものの精髄を讃美して、詩として昇華させるからには、おふざけの一つも添え足して、断乎民主主義的奇跡を起こさなければならない。

 

シェイクスピアのソネットはエンターテインメントですが、そんじょそこらのエンターテインメントではありません。

 

 

シェイクスピア朗読教室

http://shaks.jugem.jp/

 

 

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