シェイクスピア朗読

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決闘の第七原因―『お気に召すまま』5幕4場

 

心を病む者は嘘をつくことがある、意識なしに話すのだから単なる嘘つきとは違う。

 

政治家は嘘をつく、企業家は嘘をつく、ビジネスマンは嘘をつく、スポーツマンは嘘をつく、彼らは単なる嘘つきにすぎない。

 

無能だから嘘をつくのではない、学識も経験もあるから嘘をつく、能ある鷹は爪を研ぐ、誤魔化しを糊塗する術を心得ているのだろう。

 

強権政治の蔓延が既存の団体、行政組織、システムを権威化し、国防、防災、教育、エネルギー政策、すべて分裂気味に推移するが、説明なし、議論は広がらず、深まらない、どころか、始まらない、たとえ議論しても煮詰まることはない。

 

いつから始まったのか官邸支配、これを支える内閣官房職員はいまや3,000人超、現政権発足当初から中枢メンバーは変わらずに機能強化に励み、ムダ金使って金欠状態、問題を持ち込まれては困る、個別の案件には応えない、震災対策と福祉対策は自助だ、共助だ、最後に公助だ、助け合いの相互扶助精神を発揮して市民総参加の協働の精神で地方創成、自治、ボランティアに精出してくれ、報酬は達成感でお願いしたい、忖度してくれないか、こういう応援歌がいまを乗り切るキーワードに。

 

そもそも市民を尊重する気などないから、信頼はゼロ状態、言葉が風化するなかで勇を鼓して非難しても馬耳東風、これではいけないと組織改革を訴えようとする者はいるが、反対なら離脱してくれと排除する、露骨極まる陰湿な無言の圧力、組織を出れば改革などできるわけがない、結局、批判を噛み殺すしかない。

 

拒絶的異論に耳をかさないとなれば議論の積み重ねはない、亀裂は深まり、分断化が進み、分裂社会になるしかない、人間関係はズタズタに、昔なら決闘か、闇討ち切り捨て御免か、ドカンと一発か。

 

そんな物騒な気配も出てきた抑制の利かない日本社会、社会的無責任が大手を振ってまかり通るなか、演説されたり記者会見されたリお詫びされたり、いと物狂おしく吹き荒ぶ秋の声、あ、そう、反応は鈍い、空虚。

 

シェイクスピアに現代への教訓を読み取ってみましょうか。

 

参加と協働の意味をシェイクスピア劇に探ればどういうことになるか。

 

当時、役者と観客の間には舞台上の暗黙の約束事、コンベンション(convention)が中世以来の慣例として残っていました。

 

con は「連れ立って」、vention は「来ること」、つまり一緒に連れ立って起こる演劇上の出来事で、この観客との間の暗黙の了解事項が劇作家と観客の信頼関係を密にしたのです。

 

グローブ座はいまのような舞台と客席が向き合う形でなく客席に向かって突き出た半野外の円形構造で、観客は舞台をぐるりと囲み、ありとあらゆる階層の人びとが桟敷に座り、あるいは平土間を動いていました。

 

知性ある観客から無知なる観客までがごった返し、こんなに多くの耳や目をどうやったら満足させられるか、ある者は遊びのために、ある者はエールを飲み木の実を齧るために、ある者は騒ぎを起こすためにやってきている、そんな観客に対する劇作家たちの不満は、シェイクスピアを除いて、さまざまに語り伝えられているところです。

 

この無差別に融合する観客に期待して作品を書いたシェイクスピアの舞台は、人種、民族、階級、職業、性、国籍、言語、宗教、政治的信条等で一方に偏ることがない、というよりできなかった、観客との協働作業を可能にする暗黙の了解事項が客席との間に共有されていたから。

 

観客との信頼醸成に記憶という目に見えない歴史的遺産がはたらいていたのです。

 

中央の切り穴からひょいと顔を出して駄洒落を進呈しまくった『マクべス』の門番がその例で、王殺しというこの世の暗黒を映し出す場にこの滑稽な男が挿入された、それは、舞台の上が天上界、舞台は現実の人間世界、舞台の下が異界、他界、地獄界という約束になっていて、門番は地獄の大魔王の子分という伝統的な喜劇的役柄を担う人物であった、観客がこのことを知っているという前提に立っていたのです。


「やけに叩くじゃねえか、地獄の門番なら鍵の回しっ放しだぜ」と聴いただけで、観客は何もない舞台を補ってあまりある地獄界を想像することができたのでした。

 

それもこれも、まあ、絵空事の世界、嘘の世界、虚構の世界と言えばその通りであるけれども、観客はシェイクスピアの虚構の世界を舞台の真実として受け止めた、多様な人物が登場し、退場し、複数の場の虚実が演出されて、舞台はスピーディーに処理される、それは嘘の連続でありながら、観客はすべてを一つの真実として想像し、シェイクスピアの言葉の魔術を舞台の現実として受け留めたのです。

 

シェイクスピア劇が一方に傾き観客をあらぬ方向へ走らせることがないのは、十方衆生へのこの信頼が断乎として劇作のベースにあったからであり、だからこそ登場人物は舞台の外に出たり、平土間に降りたり、あるいは舞台よりも一段高い桟敷に移動して観客と一緒に舞台を眺めたりできたのです。

 

無差別に融合する観客と役者の信頼関係が劇をいのちあるものに、この観客への信頼がなければ劇作家は誰をどのように楽しませたらいいか迷うだろうし、自分の作品を理解してもらえなければ観客に不満を募らせることにもなるでしょう。

 

シェイクスピアには観客への期待はあったが、他の劇作家にあったような、観客に対する不満はありませんでした。

 

どのような事情であれ抑制なく相手と対立すれば、分断が起こり、分裂状態に。

 

気に喰わないことを言われれば返したくなるのが人情であっても、信頼し合うところがあるならば、相手を傷つけない穏やかな応対になる、貴乃花引退問題なんかもそう、何やっているんですか、いまの日本相撲協会は?

 

口喧嘩になり、嘘つき呼ばわりされて、決闘に到ることもあったシェイクスピアの時代、宮廷人は無能でなく学識と経験はあったが口論となり、エスカレートして、剣で突き合う事態にもなったでしょう。

 

『お気に召すまま』の道化タッチストーンが決闘の第七原因について述べています。

 

 

ジェイキス さっきの第七原因の説明を。どういうわけで 

 決闘の根拠が第七原因になったんだ?

道化 嘘が原因、七度繰り返したんだ。(ちゃんと

 してろよオードリー)こういうわけだ。気に喰わん

 その顎髭はとある宮廷人に言ったんだ。言い返してきたよ、

 お前がどう言おうと、俺はこの形がいいんだ

 とね。これが慇懃なる口答えというやつ。そこで

 二たび返す、髭の刈りようがよくない、すると相手が言い返す

 自分の好きなように刈っているんだ。これが穏健なる毒舌。

さらに、刈りようがよくないと言うと、否定してくる。

これは、礼を失する逆ねじ。もう一度よくないと

言うと、本当のことを言っていないと返してくる。これは

勇敢なる非難。続けて、刈りようがよくないと言うと、こう

来る、嘘つきめ。拒絶的反論というやつだ。

こんな調子で間接的嘘つき呼ばわり、直接的嘘つき呼ばわりに。

ジェイキス 何度顎髭の刈りようがよくないと

 言ったんだ?

道化 間接的嘘つき呼ばわりの段階まで。

 相手も直接的には到らなかった。というわけで

 剣の長さを較べっこして、お別れ。

ジェイキス もう一度順序立てて言えるかね、嘘呼ばわりの

 段階を?

道化 そりゃあもう、口喧嘩は型通り、本にある通り。

 礼儀作法をマニュアル通りにやるのと同じ。段階を

 追って言うよ。

 第一、慇懃な口答え。第二、

 穏便な毒舌。第三、失礼な逆ねじ回答。第四、

勇敢なる非難。第五、拒絶的反論。

 第六、間接的嘘つき呼ばわり。第七、

直接的嘘つき呼ばわり。全段階決闘は避けられる、

直接的嘘つき呼ばわり以外は。

 これだって逃げられる、もしもとひと言付け加えれば。

 裁判官が7人がかりでもけりのつかなかった諍いがあったが、

 当人同士が出逢ったとき、一人が

 もしものひと言に思い至った。もしもなら、私もそうだと。

 そこで二人は握手をして、兄弟の契りを交わした。もしもは、

 比類なき仲裁役。もしもにはすぐれた品格がある。

 

                    5幕4場

 

 

Iaq. But for the seuenth cause. How did you finde

 the quarrell on the seuenth cause?

Clo. Vpon a lye, seuen times remoued : (beare your

 bodie more seeming Audry) as thus sir: I did dislike the

 cut of a certaine Courtiers beard: he sent me word, if I

 said his beard was not cut well, hee was in the minde it

 was : this is call'd the retort courteous. If I sent him

 word againe, it was not well cut, he wold send me word

 he cut it to please himselfe: this is call'd the quip modest.

 If againe, it was not well cut, he disabled my iudgment:

 this is called, the reply churlish. If againe it was not well

 cut, he would answer I spake not true : this is call'd the

 reproofe valiant. If againe, it was not well cut, he wold

 say, I lie : this is call'd the counter-checke quarrelsome :

 and so to lye circumstantiall, and the lye direct.

Iaq. And how oft did you say his beard was not well

 cut?

Clo. I durst go no further then the lye circumstantial:

 nor he durst not giue me the lye direct: and so wee mea-

 sur'd swords, and parted.

Iaq. Can you nominate in order now, the degrees of

 the lye.

Clo. O sir, we quarrel in print, by the booke: as you

 haue bookes for good manners: I will name you the de-

 grees. The first, the Retort courteous: the second, the

 Quip-modest: the third, the reply Churlish: the fourth,

 the Reproofe valiant: the fift, the Counterchecke quar-

 relsome: the sixt, the Lye with circumstance: the sea-

 uenth, the Lye direct: all these you may auoyd, but the

 Lye direct : and you may auoide that too, with an If. I

 knew when seuen Iustices could not take vp a Quarrell,

 but when the parties were met themselues, one of them

 thought but of an If; as if you saide so, then I saide so:

 and they shooke hands, and swore brothers. Your If, is

 the onely peace-maker: much vertue in if.

 

   seeming = becomingly   disabled = disparaged  counter-checke = rebuff

    circumstantiall = indirect   nominate = name   take vp = settle

 

 

間接的嘘つき呼ばわりの段階でぐっと踏み止まらなければいけません。

 

もしも連れ立って連続する流動が停止して、舞台から「明日、明日、明日、時は小刻みな足取りで一日いちにちを這うように時の記録の終わりのひと言に辿り着く」などというせりふが聴こえてきたら、観客はどう反応するだろうか。

 

その間舞台の動きはストップして、複数の舞台を目まぐるしく移動してきた観客と役者の信頼関係は崩れるのか。

 

いや、相互に信頼があるなら、観客もしばし瞑想の世界に誘われて、いまを生きる認識を得て、現実の世界から異界へ、あの世へ、ありったけの想像の羽を伸す時間となるかもしれない、マクベスを信頼して秘密の対話を交わすことになるかもしれない、相手との諍いを天上界から見降ろす視点に立つことができるならば、観客はマクベスとともに、連れ立って起こる演劇上の出来事を生きることができるのです。

 

観客への信頼が揺らいだら何事も起こり得ない、頼りになるのは観客の多様性という何物に代えがたい劇的素材であり、観客の想像力なのです。

 

シェイクスピアは多様な観客との共鳴、共振、共有できる劇行為という参加と協働の作業を通して合意形成の構築に向かったのです。

 

シェイクスピアが後年英国市民社会の神話をつくったと言われる所以です。

 

 

うちむらとしのりシェイクスピア朗読
http://shaks.jugem.jp/  

 

 

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