シェイクスピア朗読

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天球の音楽−『ヴェニスの商人』5幕1場

 

平成に代わる新元号令和の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が令和は order(命令、秩序)と harmony(調和) を表すと報道し、 order は command(指令)を意味すると報じた欧米メディアもありました。

 

令は通常法令、勅令、律令など法律の意味で使われますから、法の支配に基づく、つまり秩序ある調和とイメージできるでしょうか。

 

ところが、異なる解釈をされてはたまらないと政府は英語で説明する際 beautiful harmony(美しい調和)という趣旨だと伝えるようにわざわざ在外公館に指示しました。

 

令なんてこれまで書いたことがないし、真逆の意味に使われることだってあるんじゃないでしょうか、複雑怪奇な漢字。

 

令嬢、令息、令夫人はもはや死語、うるわしいんであれば麗しいって書くでしょうし、巧言令色と言えば笑顔つくって口先上手に人を喜ばせ媚びへつらうことでしょ、どこかの政治家みたいに。

 

江戸時代まではぜんぶ中国起源、漢字、日本語の音にこだわって工夫されたくずし文字がひらがな、おんな文字と言われてきたものです。

 

日本の古典、あるいは和語を強調したけりゃ、音を重視して、「れいわ」あるいは「れいな」にすりゃよかったのです。

 

大化の改新から始まった元号ですが、中国に元号はもうないし、世界中で残っているのは日本だけだし、天皇制そのものも問われているときだし、西暦で統一してしまえばいいのかもしれない。

 

和も色々物議を醸す漢字で、意見を言うより体制に従うほうが楽という同調主義者も多い。

 

天皇から防人に至るまでの万の言の葉を集めた万葉集(まんにょうしゅうと発音)を典拠にしたいという気持ちは分からないでもない、音を借りた万葉仮名でというのはね。

 

茜草指 武良前野逝  標野行  野守者不見哉 君之袖布流(額田王、雑歌)をはじめとして相聞と言われる歌も溢れ返って、愛し合う古代の二人には、茜色に映える空から妙なる beautiful harmony も聴こえてきたでしょうか。

 

けれども、万葉集がにわかに注目されて、万葉の時代がまるで平和でのどかな理想的な時代であったかのようにもてはやされるのには相当な抵抗感があります。

 

奈良時代の繁栄を享受できたのは一握りの特権階級のみで、農民は重税と防人のような労役に苦しんでいたのです。

 

製鉄工場に使われる薪炭の材となった緑の森は次々に伐採され、その下の粘土も掘り尽くされて、荒れ放題の野っぱらとなり、底辺の人びとは茅葺き屋根あるいは穴倉や洞窟に住んで、煤煙に顔を真っ黒にして下働きさせられていたのです。

 

Beautiful harmony は、この世のものにあらず、天空に響き渡るもの(music of the spheres)の謂いではないのか。

 

古代ギリシアの時代から天体の運行が人間の耳には聴こえない音を発して、宇宙全体が一つの大きな音楽を奏でるという発想がありました。

 

天球の音楽は、しかし、常に大きく鳴り響くために、人間はその音に気づかない。

 

数の原理に基づいて音楽が宇宙を体現すると着想したのは紀元前6世紀のギリシアの哲学者ピタゴラスですが、これをプラトン、プトレマイオス、アウグスティヌス、ボエティウスらが受け継ぎ、ケプラーも自身の理論を天球の音楽に結びつけました。

 

天球が発する音楽、人間の体が発する聴こえない音楽、人間がつくった聴こえる器楽音、これらが段階を経て美しく調和すると彼らは考えたのです。

 

一大調和である愛の歓び、しあわせは、この世のものだけに終わるはずもなく、その無上のしあわせ感は天上界からの至福の声によって称えられていい。

 

天上界から届けられる声、であるならば、詩人シェイクスピアが言及しないはずがありません。

 

箱選びのシーンもヴェニスでの裁判のシーンも首尾よく終えたポーシャがベルモントに帰ってくる直前のくだり。

 

 

ロレンゾー 中に入って、お帰りを待つとしよう。

 いや。もう少しここにいようか?

 ステファーノ、頼む

 家じゅうに、奥様がお帰りだと伝えてくれ、

 楽師たちには外にと。

 なんてきれいなんだ月の光がこの庭に眠っているよ、

 ここに座って、音楽を

 そっと耳に入れようじゃないか、夜が

 美しいハーモニーの調べにぴったりだ。 

 お座りジェシカ、ほら空一面に

 キラキラした金の宝石がびっしりだよ、

 ここから見えるどんな小さな球も

 移動しながら天使のようにうたっているんだ、

 地球の周りを巡りながら

 あどけない瞳のケルブの声に合わせて。

 不滅の魂には天球の音楽が宿る、

 でもこの朽ちて行く泥の衣を

 卑しく纏っている間は、音楽は聴こえない。

 さあこちらに、ダイアナへの讃美歌を頼むよ、

 この上ない甘い調べを奥様の耳に真っ直ぐに届けて、

 音楽でお部屋まで案内してくれ。

ジェシカ 私はきれいな音楽を聴いても少しも楽しくないの。

 音楽の演奏。

ロレンゾー それはね、君は気が利き過ぎるから。

 野生の気ままの牛を見てごらんよ

 若い飼い慣らされていない子馬もそう、

 ぴょんぴょん跳ね回って、吠えたりいなないたり、

 血が熱くたぎっているよね、

 ところがたまたまトランペットの音が聴こえて、

 音楽の一節でも耳に入ると、

 みんな一斉に立ち止まって、

 荒々しい目も穏やかな眼差しに変わる、

 音楽の素晴らしい力によって。だから詩人は

 うたったんだオルぺウスは木、石、川を魅了したって。

 鈍感、頑迷、野蛮な連中も、

 音楽を聴けばたちまちその心根は変る、

 心に音楽を持たない者、

 綺麗な音楽の調和に感動しない者、

 そういう輩は叛逆、陰謀、略奪を犯しかねない。

 精神は夜のごとくに鈍く、

 感情は地獄のごとくに暗い、

 そういう奴らは信用できないよ。音楽を聴こう。

 

                5幕1場

 

 

Loren. Let's in, and there expect their comming.

 And yet no matter: why should we goe in?

 My friend Stephen, signifie pray you

 Within the house, your Mistresse is at hand,

 And bring your musique foorth into the ayre.

 How sweet the moone-light sleepes vpon this banke,

 Heere will we sit, and let the sounds of musicke

 Creepe in our eares soft stilnes, and the night

 Become the tutches of sweet harmonie:

 Sit Iessica, looke how the floore of heauen

 Is thicke inlayed with pattens of bright gold,

 There's not the smallest orbe which thou beholdst

 But in his motion like an Angell sings,

 Still quiring to the young eyed Cherubins;

 Such harmonie is in immortall soules,

 But whilst this muddy vesture of decay

 Doth grosly close in it, we cannot heare it:

 Come hoe, and wake Diana with a hymne,

 With sweetest tutches pearce your Mistresse eare,

 And draw her home with musicke.

Iessi. I am neuer merry when I heare sweet musique.

 Play musicke.

Lor. The reason is, your spirits are attentiue:

 For doe but note a wilde and wanton heard

 Or race of youthful and vnhandled colts,

 Fetching mad bounds, bellowing and neighing loud,

 Which is the hot condition of their bloud,

 If they but heare perchance a trumpet sound,

 Or any ayre of musicke touch their eares,

 You shall perceiue them make a mutuall stand,

 Their sauage eyes turn'd to a modest gaze,

 By the sweet power of musicke: therefore the Poet

   Did faine that Orpheus drew trees, stones, and floods.

 Since naught so stockish, hard, and full of rage,

 But musicke for time doth change his nature,

 The man that hath no musicke in himselfe,

 Nor is not moued with concord of sweet sounds,

 Is fit for treasons, stratagems, and spoyles,

 The motions of his spirit are dull as night,

 And his affections darke as Erobus,

 Let no such man be trusted: marke the musicke.

 

     expect = await     signifie = announce     tutches = strains     pattens  パンを

      置く金・銀の皿      quiring = choiring      grosly = materially     race = group 

     stockish = stolid      rage = savageness      fit = ready     spoyles

     = acts of plunder    Erobus = Hell

 

 

夜空にまたたく無数の星、耳には聴こえないが宇宙に満ちみちている音、それに木霊して聴こえてくる楽の調べ、月の光、これらの情景から思い起こされるであろう天球の音楽がひそやかな響きを伴って観客に届けられるのです。

 

19世紀以降天球の音楽観は忘れられましたが、ヨーゼフ・シュトラウス(1827-70)によって新しい光が当てられました。

 

「ウイーンの森の物語」や「美しき青きドナウ」等の作品のある兄のヨハン・シュトラウス2世からウィ−ン大学医学舞踏会の音楽監督を引き継いだヨーゼフによって、1868年1月21日に「天球の音楽」が舞踏会のテーマとして初演されました。

 

この日会場全体は星を散りばめた青色の絹布で beautiful に飾りつけられたと伝えられています。

 

願わくば万葉の風よ、新しく大きく吹き直してくれないか、そして天球の音楽を届けてくれ、気が利き過ぎて疲れ切った人間の頭を弛め、荒々しい目が穏やかな眼差しに変わるように、美しいハーモニーの調べによって茜色に映える「れいわ」「れいな」の時代が訪れるように。

 

 

シェイクスピア朗読教室

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