シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
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死の瞑想―『ハムレット』5幕1場



薬や外科手術を用いない療法のことをセラピー (therapy) と言いますね。


癒しは サイコセラピー(psychotherapy)。

ハムレットは心を復讐一色に染め、狂気を装い、復讐の機会を窺いますが、復讐は人殺しじゃないか、自分は悪魔に唆されて地獄に引き込まれようとしているんじゃないかとも。

さてそうなると、こんどは、俺は復讐もできない意気地なしだ、決断できない木偶の坊だ、生きている意味がないとまで自分を追い詰めてしまうことに。

出てきた言葉が、生きるか死ぬか、それが問題。

呻吟して、死ぬとは眠ることなのか?


では、眠った後はどうなる?と考えて、夢を見る?

こんな風に苦悩を深めてしまいました。

シェイクスピアはこの堂々巡りするハムレットをどうセラピーするか?



 


  

   どれ。ああヨリックだ、よく覚えているよ

 ホレイショー、よく冗談を言っていた。突拍子もないやつを、
 よくおぶってもらったな。それがいまじゃ
 身の毛がよだつよ考えただけで、吐気がする。このあたりに

   唇があって、何度チューしたかしれない。
 お前の皮肉はどこに行った?踊りは?

   歌は?気のきいた駄洒落が

 テーブルを湧かせたんじゃないのか?もう誰も笑ってくれないのか

   歯を剥き出したこの顔を?顎が落ちたか?その面下げて女の

   部屋に行って、言ってやれ、厚化粧したって、行き着く先は

 ほれこのとおりってな。そう言って笑わせてやれ。なあ

 ホレイショーひとつ教えてくれないか。                


                  5幕1場



Ham. Let me see. Alas poore Yorick, I knew him Ho-

   ratio, a fellow of infinite Iest; of most excellent fancy, he

   hath borne me on his backe a thousand times: And how

abhorred my Imagination is, my gorge rises at it. Heere

hung those lipps, that I haue kist I know not how oft.

VVhere be your Iibes now? Your Gambals? Your

Songs? Your flashes of Merriment that were wont to

set the Table on a Rore? No one now to mock your own

Ieering? Quite chopfalne? Now get you to my Ladies

Chamber, and tell her, let her paint an inch thicke, to this

fauour she must come. Make her laugh at that: pry-

thee Horatio tell me one thing.


 


               
道化ヨリックの髑髏を手に持たせて死を瞑想させるのです。


昔、死の瞑想療法を施すときに、アレクサンダー大王を引き合いに出すことがよくあったようです。


そのアレクサンダー大王が死ぬ、葬られる、土に還る、その土から粘土ができる、その粘土でビール樽の栓がつくられると。

シェイクスピアはハムレットにアレクサンダー大王の死を想起させることで、死についての幻想を捨てさせたのです。

日本にも只管打坐(しかんたざ)という死の瞑想法があります。

ひたすら座っているだけで、余念を交えず、無我の境地で、呼吸一つになる行です。

そんなことできる人はいない?


そう、壁に向かって、目を半開きにして周囲を暗くし、意識を眉間に置いて動かさず、何も考えずと言われても、雑念、妄想ばかりが次々に湧いてくるだけ。


で、この形では私などはどうもうまくいかない。

格好は瞑想しているように見えても、心のなかでは何を考えているやら、知れたものではないのです。

走らないもう一つの瞑想法がシュルツの方式。

背筋だけ真っ直ぐ伸ばして、あとはダラ〜〜〜ン、呼吸を深く整え、足が重た〜〜〜い、下半身が暖か〜〜〜い、とかなんとか呟いて自分に暗示を与えるやり方です。

露天風呂に入っている〜〜〜山が見える〜〜〜風が吹いてくる〜〜〜葉っぱが落ちてきた〜〜〜額がひんやりと気持ちいい〜〜〜とか何とか。


意外にも、これ、即効の効き目があるみたい。


お坊さんが木魚をポクポクと叩いて、南無阿弥陀仏を唱えることなんかも、手は動くし、口は動くし、リズミカルだし、心地よくお腹に響くし、いいんじゃないでしょうか。

朝晩、仏壇に線香を寝かせて、その線香がじわじわと燃え尽きるまで南無阿弥陀仏を繰り返すなど、私ではなく、お爺ちゃんがやっていたことです。

内容はともかく、リラックスした脳波に入れ替わって、額のあたりが涼しくなって、突っ張っていた意識が消え、怒りも消え、現実を素直に受け入れることができるようになるのではないでしょうか。

木魚を叩いて声を使う念仏というのは、中国で発明され、日本人が受け継いできたすぐれた瞑想法です。

リズミカルに繰り返していると、手も口も頭も活発にはたらいて、雑念も妄想も消えて、この世とあの世との関係が滑らかになっていくような。


で、動いてなきゃだめなんじゃないかと思い直して、一時、走禅だとか何とか言って仲間と一緒に走っていた時期がありました。


走りながら瞑想することによって免疫力が高まり、健康も副産物的に維持できると。


 


復讐をという囚われがあって、怒り、焦りまくっていたが、感情を動かしている自分が嫌になり、どうにもならないなと悟ったときに、ハムレットは運命を感じたのだと思います。

この身は遅かれ早かれ終わる、この世の手に余るものをあれこれ考えてもどうなるものでもない、穏やかな気持ちを少しでも増やして、命の限界を受け入れるしかないと。

シェイクスピアはそのように自分を捉え直すハムレットを墓場に置いたのでしょう。

髑髏を手にするハムレットを持ち出すまでもなくて、自然に寄り添う気持ちにさせるセラピーは、実は特別なことでもなんでもないのです。


日本人なら誰だって、ついこの間まで、お爺ちゃんやお婆ちゃんが実践していたことでした。


念仏を唱えて自分の力だけでは生きられないと思い知り、自分を穏やかに包んでくれる大自然に目を向けたのです。

地球規模の天災と人災は相変わらず続きますが、雪も溶け始めたようです。

朝夕まだひんやりしますが、このくらいのひんやり感が身体にちょうどいいのでしょう。


この身を丸ごと預けられる大自然に癒されながら、今日も一瞬一瞬を大事に過ごしてまいりましょう。 


 

                 釈素朗読研究所 

              

http://shaks.jugem.jp/













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