シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
天球の音楽−『ヴェニスの商人』5幕1場

 

平成に代わる新元号令和の発表後、国際的に影響力が大きい英BBC放送が令和は order(命令、秩序)と harmony(調和) を表すと報道し、 order は command(指令)を意味すると報じた欧米メディアもありました。

 

令は通常法令、勅令、律令など法律の意味で使われますから、法の支配に基づく、つまり秩序ある調和とイメージできるでしょうか。

 

ところが、異なる解釈をされてはたまらないと政府は英語で説明する際 beautiful harmony(美しい調和)という趣旨だと伝えるようにわざわざ在外公館に指示しました。

 

令なんてこれまで書いたことがないし、真逆の意味に使われることだってあるんじゃないでしょうか、複雑怪奇な漢字。

 

令嬢、令息、令夫人はもはや死語、うるわしいんであれば麗しいって書くでしょうし、巧言令色と言えば笑顔つくって口先上手に人を喜ばせ媚びへつらうことでしょ、どこかの政治家みたいに。

 

江戸時代まではぜんぶ中国起源、漢字、日本語の音にこだわって工夫されたくずし文字がひらがな、おんな文字と言われてきたものです。

 

日本の古典、あるいは和語を強調したけりゃ、音を重視して、「れいわ」あるいは「れいな」にすりゃよかったのです。

 

大化の改新から始まった元号ですが、中国に元号はもうないし、世界中で残っているのは日本だけだし、天皇制そのものも問われているときだし、西暦で統一してしまえばいいのかもしれない。

 

和も色々物議を醸す漢字で、意見を言うより体制に従うほうが楽という同調主義者も多い。

 

天皇から防人に至るまでの万の言の葉を集めた万葉集(まんにょうしゅうと発音)を典拠にしたいという気持ちは分からないでもない、音を借りた万葉仮名でというのはね。

 

茜草指 武良前野逝  標野行  野守者不見哉 君之袖布流(額田王、雑歌)をはじめとして相聞と言われる歌も溢れ返って、愛し合う古代の二人には、茜色に映える空から妙なる beautiful harmony も聴こえてきたでしょうか。

 

けれども、万葉集がにわかに注目されて、万葉の時代がまるで平和でのどかな理想的な時代であったかのようにもてはやされるのには相当な抵抗感があります。

 

奈良時代の繁栄を享受できたのは一握りの特権階級のみで、農民は重税と防人のような労役に苦しんでいたのです。

 

製鉄工場に使われる薪炭の材となった緑の森は次々に伐採され、その下の粘土も掘り尽くされて、荒れ放題の野っぱらとなり、底辺の人びとは茅葺き屋根あるいは穴倉や洞窟に住んで、煤煙に顔を真っ黒にして下働きさせられていたのです。

 

Beautiful harmony は、この世のものにあらず、天空に響き渡るもの(music of the spheres)の謂いではないのか。

 

古代ギリシアの時代から天体の運行が人間の耳には聴こえない音を発して、宇宙全体が一つの大きな音楽を奏でるという発想がありました。

 

天球の音楽は、しかし、常に大きく鳴り響くために、人間はその音に気づかない。

 

数の原理に基づいて音楽が宇宙を体現すると着想したのは紀元前6世紀のギリシアの哲学者ピタゴラスですが、これをプラトン、プトレマイオス、アウグスティヌス、ボエティウスらが受け継ぎ、ケプラーも自身の理論を天球の音楽に結びつけました。

 

天球が発する音楽、人間の体が発する聴こえない音楽、人間がつくった聴こえる器楽音、これらが段階を経て美しく調和すると彼らは考えたのです。

 

一大調和である愛の歓び、しあわせは、この世のものだけに終わるはずもなく、その無上のしあわせ感は天上界からの至福の声によって称えられていい。

 

天上界から届けられる声、であるならば、詩人シェイクスピアが言及しないはずがありません。

 

箱選びのシーンもヴェニスでの裁判のシーンも首尾よく終えたポーシャがベルモントに帰ってくる直前のくだり。

 

 

ロレンゾー 中に入って、お帰りを待つとしよう。

 いや。もう少しここにいようか?

 ステファーノ、頼む

 家じゅうに、奥様がお帰りだと伝えてくれ、

 楽師たちには外にと。

 なんてきれいなんだ月の光がこの庭に眠っているよ、

 ここに座って、音楽を

 そっと耳に入れようじゃないか、夜が

 美しいハーモニーの調べにぴったりだ。 

 お座りジェシカ、ほら空一面に

 キラキラした金の宝石がびっしりだよ、

 ここから見えるどんな小さな球も

 移動しながら天使のようにうたっているんだ、

 地球の周りを巡りながら

 あどけない瞳のケルブの声に合わせて。

 不滅の魂には天球の音楽が宿る、

 でもこの朽ちて行く泥の衣を

 卑しく纏っている間は、音楽は聴こえない。

 さあこちらに、ダイアナへの讃美歌を頼むよ、

 この上ない甘い調べを奥様の耳に真っ直ぐに届けて、

 音楽でお部屋まで案内してくれ。

ジェシカ 私はきれいな音楽を聴いても少しも楽しくないの。

 音楽の演奏。

ロレンゾー それはね、君は気が利き過ぎるから。

 野生の気ままの牛を見てごらんよ

 若い飼い慣らされていない子馬もそう、

 ぴょんぴょん跳ね回って、吠えたりいなないたり、

 血が熱くたぎっているよね、

 ところがたまたまトランペットの音が聴こえて、

 音楽の一節でも耳に入ると、

 みんな一斉に立ち止まって、

 荒々しい目も穏やかな眼差しに変わる、

 音楽の素晴らしい力によって。だから詩人は

 うたったんだオルぺウスは木、石、川を魅了したって。

 鈍感、頑迷、野蛮な連中も、

 音楽を聴けばたちまちその心根は変る、

 心に音楽を持たない者、

 綺麗な音楽の調和に感動しない者、

 そういう輩は叛逆、陰謀、略奪を犯しかねない。

 精神は夜のごとくに鈍く、

 感情は地獄のごとくに暗い、

 そういう奴らは信用できないよ。音楽を聴こう。

 

                5幕1場

 

 

Loren. Let's in, and there expect their comming.

 And yet no matter: why should we goe in?

 My friend Stephen, signifie pray you

 Within the house, your Mistresse is at hand,

 And bring your musique foorth into the ayre.

 How sweet the moone-light sleepes vpon this banke,

 Heere will we sit, and let the sounds of musicke

 Creepe in our eares soft stilnes, and the night

 Become the tutches of sweet harmonie:

 Sit Iessica, looke how the floore of heauen

 Is thicke inlayed with pattens of bright gold,

 There's not the smallest orbe which thou beholdst

 But in his motion like an Angell sings,

 Still quiring to the young eyed Cherubins;

 Such harmonie is in immortall soules,

 But whilst this muddy vesture of decay

 Doth grosly close in it, we cannot heare it:

 Come hoe, and wake Diana with a hymne,

 With sweetest tutches pearce your Mistresse eare,

 And draw her home with musicke.

Iessi. I am neuer merry when I heare sweet musique.

 Play musicke.

Lor. The reason is, your spirits are attentiue:

 For doe but note a wilde and wanton heard

 Or race of youthful and vnhandled colts,

 Fetching mad bounds, bellowing and neighing loud,

 Which is the hot condition of their bloud,

 If they but heare perchance a trumpet sound,

 Or any ayre of musicke touch their eares,

 You shall perceiue them make a mutuall stand,

 Their sauage eyes turn'd to a modest gaze,

 By the sweet power of musicke: therefore the Poet

   Did faine that Orpheus drew trees, stones, and floods.

 Since naught so stockish, hard, and full of rage,

 But musicke for time doth change his nature,

 The man that hath no musicke in himselfe,

 Nor is not moued with concord of sweet sounds,

 Is fit for treasons, stratagems, and spoyles,

 The motions of his spirit are dull as night,

 And his affections darke as Erobus,

 Let no such man be trusted: marke the musicke.

 

     expect = await     signifie = announce     tutches = strains     pattens  パンを

      置く金・銀の皿      quiring = choiring      grosly = materially     race = group 

     stockish = stolid      rage = savageness      fit = ready     spoyles

     = acts of plunder    Erobus = Hell

 

 

夜空にまたたく無数の星、耳には聴こえないが宇宙に満ちみちている音、それに木霊して聴こえてくる楽の調べ、月の光、これらの情景から思い起こされるであろう天球の音楽がひそやかな響きを伴って観客に届けられるのです。

 

19世紀以降天球の音楽観は忘れられましたが、ヨーゼフ・シュトラウス(1827-70)によって新しい光が当てられました。

 

「ウイーンの森の物語」や「美しき青きドナウ」等の作品のある兄のヨハン・シュトラウス2世からウィ−ン大学医学舞踏会の音楽監督を引き継いだヨーゼフによって、1868年1月21日に「天球の音楽」が舞踏会のテーマとして初演されました。

 

この日会場全体は星を散りばめた青色の絹布で beautiful に飾りつけられたと伝えられています。

 

願わくば万葉の風よ、新しく大きく吹き直してくれないか、そして天球の音楽を届けてくれ、気が利き過ぎて疲れ切った人間の頭を弛め、荒々しい目が穏やかな眼差しに変わるように、美しいハーモニーの調べによって茜色に映える「れいわ」「れいな」の時代が訪れるように。

 

 

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カトリックとの確執−『マクベス』2幕2場

 

東日本大震災発生から8年目の3月11日、各地で追悼の行事が開かれるようですが、すでに震災の風化が。

 

チベット住民が中国の弾圧に抗議したチベット動乱から60年経った日がきのう、3月10日。

 

ダライ・ラマが亡命政府を樹立したインド北部のダラムサラでは大規模なデモ行進が行なわれた模様。

 

彼らはただチベット人として先祖代々の土地で生きて死にたかったのに、法治ならぬ人治の、一党独裁体制の中国から、逃げなければならなかった、中国からすればチベット仏教(俗称ラマ教)は統一の大いなる邪魔だったのです。

 

宗教(religion)とは、何か不思議な事物に接したときに感じる畏怖や不安や疑惑の感情を惹き起こす対象への個の心的態度というべきものなんでしょうが、教義や儀礼の体系化が進んで個人を組織して社会的集団が結成されると、その社会の存続繁栄のために宗教が存在するということに。

 

こうして人びとを一つの共同体に凝集統合させる働きが求められて、宗教が生まれ、宗派が生まれて、宗派間の対立が起こったのです。

 

悟りとか言っても、自分で体得しなければ成立しようがない、にもかかわらず、人びとは集団体得してパワーをと思い誤ってしまうのです。

 

シェイクスピアにとって当時の宗派間の争い、カトリックとプロテスタントの対立は、劇作および上演活動を行なう上で大きな問題となっていました。

 

当時の社会事情としてアングリカン(英国国教会)以外の宗教を信奉することは禁じられていたのです。

 

エリザベス朝時代には亡命中のスコットランド女王メアリを担いで再カトリック化計画がありましたので、臣従の誓いを立て国教会の日曜礼拝に参列することが社会活動を営む上での大前提になっていました。

 

これに反すると非国民扱いされて、途方もない科料が課されるか、でなければ大逆罪を問われる事態に。

 

そんななかで二枚舌(equivocation)と呼ばれる詭弁術が流用されたのはカトリック詮議が本格化した1580年代の取調べがあってからのことで、1605年11月5日、火薬陰謀事件の発覚がきっかけとなってカトリック弾圧は頂点に達しました。

 

1606年3月、パンフが全土に配られて反イエズス会キャンペーンが実施される騒ぎになると、これに呼応してシェイクスピアは『マクベス』(1606)の門番の場に地獄堕ちの二枚舌を登場させた、ばかりではなく、王国の未来の支配者が誰なのか判然としない状況を意図的に設定し、その不透明さを具現化した魔女の3人姉妹、魔女の二枚舌にひっかかったマクベス、そしてこれら二枚舌という曖昧なカトリック的処世術を極限化した形でバーナムの森を動かしたのです。

 

ダンシネインの丘めがけて進軍して来ないかぎり大丈夫、女から生まれた者に負けるはずはないという幻影たちの予言を裏切って、枝葉に身を隠して進軍してきた兵士たちと帝王切開で生まれたマクダフを登場させることによって、劇の展開に二重三重の二枚舌を絡ませたのでした。

 

国王一座の座付作家としての義務感からバンクォーの子孫たる国王ジェイムズの家系の繁栄と重ねてカトリック自滅の劇をつくった、二枚舌は地獄堕ちという論理を展開して信頼と安心安全を得る集団的儀式を執り行った、と見ることは可能でしょう。

 

優柔不断というのではない、劇作家は宗教的に右に寄り、左にも寄り、この世の見通しと国の行く末について観客に深く考えてもらおうとした、そのことだけは間違いありません。

 

かつてない壮麗なせりふを響かせて。

 

 

マクベス あの音はどこからだ?

 どうなっているんだ俺は、音がする度にびくつくとは?

 何だこの手は?ああ、目玉が飛び出す。

 ネプチューンが支配する大海原でこの血を洗えば

 この手をきれいに洗い流せるか?いや、手のほうが

 連なり重なり合う遥かな波を血で染めて、

 青い海原を、真紅に変えるんじゃないか。

 

                   2幕2場

 

 

Macb. Whence is that knocking?

 How is't with me, when euery noyse appalls me?
 What Hands are here? hah: they pluck out mine Eyes.
 Will all great Neptunes Ocean wash this blood
 Cleane from my Hand? no: this my Hand will rather
 The multitudinous Seas incarnardine,
 Making the Greene one, Red.
  
   Neptune  ローマ神話の海神   multitudinous Seas incarnardine (= turn
      red)ラテン語系の多音節による波のイメージ  

 

 

通史的に見れば英国民は1580年頃から17世紀の半ばまでに、演劇史的に言えば常設の商業劇場ができて劇場閉鎖に至るまでに、大きく一方に傾き、最大の道徳的な変化を経験することになりました。

 

劇の場を奪われ一段とピュリファイされた英国人は極端な聖書の民となったのです。

 

けれどもそれはあくまで表層の話であって、共時的深層の民衆の意識はそうではなかった。

 

宗教的集団が結成されて社会を存続繁栄させようという思惑とは裏腹に、シェイクスピア劇は極上のエンターテインメントとして成功し続けました。

 

それは、最晩年に至るまで、劇が宗教的心的態度を留めながらも、拘束されて不自由にならず、一方に傾かず、あくまで個人的に、自由、自主的、かつ開放的な心性と折り合いをつけていたところに認められます、時と所を超える美しく深い言葉を自在に使いこなして。

 

 

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パロディーー『嵐』2幕2場

 

シェイクスピア劇がポスト・モダンと呼ばれる大衆文化のなかで拡散し、変容し続けています。

 

『ロミオとジュリエット』をインターネットで検索すれば分かるように、この作品がミュージカル、映画、オペラ、漫画、アニメ等々に戯画化、漫画化されて、パロディーとして変幻自在に。

 

知的権威の崩壊などとは言わないが、社会風俗に組み込まれたジェンダー制度や中二病と言われる情緒不安がシェイクスピアをネタに作品が好き勝手に翻案され、文化記号として強力な磁場のはたらく市場用に標準化されてきています

 

モダーンイングリッシュの集積されたシェイクスピアの原文テクストの持つ意味、機能、画一化されることのない個別性が忘れられていいのか。

 

原文にはアクセスできないが文化記号には手を出せる、この手の安手の商品化は文化一般の機能を狂わせることにならないか。

 

閉じられた社会で記号と化した文化アイコンは、偏狭なナショナリズム、政治的全体主義に利用されることがあることは、歴史を振り返れば分かります。

 

こんな調子でことばが簡素化され、無化され、思考停止が起こり、政治も、経済も、教育も、何もかもが平準化され、劣化して行っていいのか。

 

遠い過去からの蓄積を吟味し直すことが私たちの課された宿題ではないのか。

 

シェイクスピアを学び損なったら、この国の英語教育の惨状を見るにつけ、外国語教育によるグローバルマインドを持った地球市民育成教育は瓦解する、ばかりではないだろう。

 

言語活動の衰退は亡国を招く、ネット社会では御覧のように若者は本を読まなくなる、考えなくなる、自分の言葉で話さなくなる、右に倣えの味も素っ気そっけもないご挨拶の画一化、どうもすみませんでした、国のたそがれがもうそこに。

 

知的文化の基盤そのものの揺らぎに対しては断乎対処しなければなりません。

 

選ばれた自意識肥大の指導者たちは、近隣諸国との軋轢を空疎な美辞麗句で糊塗、あるいは強がってみせる、途方もない財政赤字など知らぬ存ぜぬ、人口減少下での社会保障強化は棚上げ、同時多発的に広がる統計不正はデータそのものの収集プロセスの偽装、疑問を投げかけてもそれは違いますと一蹴、無教養を曝け出して恥じない、歯止めのかからない児童虐待へのお寒い対応、これら国家存亡にかかわる問題に空疎な言葉で説得を試みる毎回お馴染みのパロディー政治劇、質の悪い変幻自在の漫画にしか見えない。

 

政治家は一滴の酒で国民を酔わせようとするが、一滴の目的が問題の所在ぼかしと論点のすり替えなら、神様なんかにはなれない。

 

こちらの漫画はどうか。

 

 

キャリバン 虐めないで。ああ。

ステファノー 何だ?

 悪魔でもいるのか?

 からかおうってのか野蛮人を使って、

 インド人か?え?俺が溺れずに助かったのは、おめえのような

 4本足を怖がるためじゃねえ。俺は言われてきたんだ。

 4本足の人間に匹敵するってよ、負けるわけ

 ねえだろ。今だってそうよ、このステファノー様が

 鼻で息をしているかぎりはな。

キャリバン 妖精の奴が虐めるう。ああ。

ステファノー 島の化け物か、4本足の。

 こいつは(何だな)マラリアにやられたんだ。一体どこで

 俺たちの言葉を覚えたんだ?助けてやるか

 喋っているから。こいつを治して、

 飼い慣らして、ナポリに連れて帰りゃ、献上品になる

 立派な革靴を履くどんな王様にだってよ。

キャリバン 虐めないでよ。これからは

 もっと早く薪を運ぶから。

ステファファノー 発作を起こしてやがる。喋れねえからな

 まともには。一杯飲ませてやるか。酒の味を知らねえ

 なら、発作もいちころよ。

 こいつを治して、飼い慣らせば、いくら高く売ったって

 高すぎるってこたあねえ。飼いたいやつに金を出させてやる、

 しこたまによ。

キャリバン おまえまだ手を出さないな。これから出すんだろ、

 分かるんだブルブル震えてっから。プロスペローが乗り移ってん

 だろう。

ステファノー いいから。口を開けな。さあ

 猫も喋り出すってお神酒だ。さあ

 口を開けな。これを飲みゃ震えなんざ吹っ飛ぶ、いや、

 ほんと。友は遠方より来るってな。開けな

 顎をもう一度。

トリンキュロー あの声は聞き覚えがある。

 確か、

 でもあいつは溺れ死んだ。こいつら悪魔か。ああ

 神様お助けを。

ステファノー 足が4本に口が二つか。できすぎだぜ

 化け物にしちゃ。前の口はよく言うよな

 友だちのことを。後ろの口は、口汚くののしる、

 友だちのことを。俺の酒をたっぷり飲ませて治せる

 もんなら、治してやりてえよね。さあ。そうだ、

 後ろの口にも飲ませてやろう。

トリンキュロー ステファノー。

ステファノー 後ろの口が俺の名前を?おい、おい。

 こいつは悪魔か、化け物じゃなくて。逃げるかな、

 悪魔のお相手はごめんだ。

トリンキュロー ステファノーステファノーなら、触ってくれ、

 物を言ってくれ。俺はトリンキュローだ。怖がるな、お前の

 親友のトリンキュローだ。

ステファノー トリンキュローなら。出てこい。引っ張ってやる

 小さいほうの足を。どっちかがトリンキュローの足なら、

 こっちだろう。確かにトリンキュローだ。どうして

 こんな化け物の糞なんかになったんだ?

 こいつは尻からトリンキュローをひり出せるのか?

トリンキュロー こいつ雷にやられたんじゃねえか。けど

 溺れ死んだんじゃねえんだなステファノーは。どうやら

 溺れ死んだんじゃねえようだ。嵐は静まったのか?潜り込んだのよ

 このおっ死んだ化け物の上っ張りに、怖くってよ

 嵐が。お前生きてんだよなステファノー?ああステファノー、

 これでナポリ人が二人助かったってわけか?

ステファノー おいおいぐるぐる回すな、胃袋が

 目を回す。

キャリバン こいつらたいへんな代物だ、妖精じゃないとなると。

 あっちは素敵な神様、天国のお神酒を持っている。

 あっちに跪こう。

 

                 2幕2場

 

 

Cal. Doe not torment me: oh.

Ste. What's the matter?

 Haue we diuels here?

 Doe you put trickes vpon's with Saluages, and Men of

 Inde? ha? I haue not scap'd drowning, to be afeard

 now of your foure legges: for it hath bin said; as pro-

 per a man as euer went on foure legs, cannot make him

 giue ground: and it shall be said so againe, while Ste-

 phano breathes at' nostrils.

Cal. The Spirit torments me: oh.

Ste. This is some Monster of the Isle, with foure legs;

 who hath got (as I take it) an Ague: where the diuell

 should he learne our language? I will giue him some re-

 iefe if it be but for that: if I can recouer him, and keepe

 him tame, and get to Naples with him, he's a Pre-

 sent for any Emperour that euer trod on Neates-leather.

Cal. Doe not torment me 'prethee: I'le bring my

 wood home faster.

Ste. He's in his fit now; and doe's not talke after the

 wisest; hee shall taste of my Bottle: if hee haue neuer

 drunke wine afore, it will goe neere to remoue his Fit:

 if I can recouer him, and keepe him tame, I will not take

 too much for him; hee shall pay for him that hath him,

 and that soundly.

Cal. Thou do'st me yet but little hurt; thou wilt a-

 non, I know it by thy trembling: Now Prosper workes

 vpon thee.

Ste. Come on your wayes: open your mouth: here

 is that which will giue language to you Cat; open your

 mouth; this will shake your shaking, I can tell you, and

 that soundly: you cannot tell who's your friend; open

 your chaps againe.

Tri. I should know that voyce:

 It should be,

 But hee is dround; and these are diuels; O de-

 fend me.

Ste. Foure legges and two voyces; a most delicate

 Monster: his forward voyce now is to speake well of

 his friend; his backward voice, is to vtter foule speeches,

 and to detract: if all the wine in my bottle will recouer

 him, I will helpe his Ague: Come: Amen, I will

 poure some in thy other mouth.

Tri. Stephano.

Ste. Doth thy other mouth call me? Mercy, mercy:

 This is a diuell, and no Monster: I will leaue him, I

 haue no long Spoone.

Tri. Stephano: if thou beest Stephano, touch me, and

 speake to me: for I am Trinculo; be not afeard, thy

 good friend Trinculo.

Ste. If thou bee'st Trinculo: come foorth: I'le pull

 thee by the lesser legges: if any be Trinculo's legges,

 these are they: Thou art very Trinculo indeede: how

 cam'st thou to be the siege of this Moone-calfe? Can

 he vent Trinculo's?

Tri. I tooke him to be kil'd with a thunder-strok; but

 art thou not dround Stephano: I hope now thou art

 not dround: Is the Storme ouer-blowne? I hid mee

 vnder the dead Moone-Calfes Gaberdine, for feare of

 the Storme: And art thou liuing Stephano? O Stephano,

 two Neapolitanes scap'd?

Ste. 'Prethee doe not turne me about, my stomacke

 is not constant.

Cal. These be fine things, and if they be not sprights:

 that's a braue God, and beares Celestiall liquor: I will

 kneele to him.

 

  Ague = a fit of fever     after = in the manner of     siege = excrement

    vent = defecate     braue = excellent

 

 

このパロディーなら少なくとも知的に笑えるんじゃないか。

 

自信ありげな現代のステファノ―は肝心の中身から離れて饒舌に話し、状況をさらに低く陰湿に複雑にしている。

 

無思慮なためらいのない説得などに百薬の長の効き目などあろうはずもない。

 

ポリティックスは国および社会集団における秩序の形成とその解体をめぐってのせめぎ合いだから、創造と破壊の睨み合い、繰り返しとなる。

 

つくっては壊す新陳代謝がうまくいかなくなれば、活力は失なわれ、ブルブルの発作が起こる、停滞と滞留、要するに糞をひり出せない糞詰まり状態になり、悶死するしかない。

 

法、権力、政策、自治にかかわる諸現象は刻々と変化する、この変化を相手に強引に一撃処理しようとしても、現実の変化に対応できるはずがない。

 

脳の負担が増えて間違うのか、頭に近いところにある目や耳などが聴き間違い見間違いをするのか、見ていながら見えない、聴いていながら聴こえない状態、知力低下、五感は摩耗、本能も消滅する。

 

こうなると4本足の化け物になるしかない、前途にどんな取り返しのつかないことが待ち受けていても、見えない、聴こえない、五里霧中の闇の中、虎になって咆哮するしかないんじゃないか。

 

オリンピックだ、世界一だなどと未来がよく見えるようなことばかり言っていると、とんでもないことになるだろう。

 

ふりの横行する状況のなかでことの本質を突くのは動物的察知能力だ、皮膚感覚によって、たとえば富が公平に人びとに及んでいるかどうかという判断は、あれこれの気配で察知できる。

 

脳に意識や自律神経の偏りや無理が加わると、その人の表情は硬く、きつく、品悪く、不健康そのものに、見れば分かる。

 

身体は頭で考えることに合わせようとしてシグナルを送りつけてきます、目や耳や皮膚が機能不全に陥った物言いをすると是正しようとします、この身体からのシグナルはもう届かないのか、届いても取り違えるのか、

 

心底笑えるものに、泣けるものに、接しよう、シェイクスピアを読み直して創造と破壊が一体のものであることを感じ取ろう、脳を虐める弁論術や説得術は後回しにして。

 

笑えない下手なパロディー劇はもうおしまい。

 

 

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