シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
読み書きソロバンー『ヘンリー6世』第2部4幕2場

 

中国湖北省武漢市から帰国した日本人から新型コロナウイルスによる肺炎の発症者が出て、無症状の人からの感染の可能性が指摘されています。

 

武漢市は、いや中国全土が、最前線の映像によると、ロンドンのペスト流行のとき(1592-4、1603-4、1623年に10万人以上が亡くなった)と同じような状況。

 

2002~03年のSARS騒動の教訓が活かされず、またまた隠蔽したのか、記録は残っているのか、データの読み取りが甘く、医療体制を準備し損なったのか。

 

浮かれ騒ぐオリンピック風とともに入ってきた新型コロナウイルス、感染拡大ともなれば平和の祭典どころではない。

 

官邸官僚が差配し各省庁は官邸の下請けになっている現状から察するに、国会で真剣な疫病対策議論が交わされることはあるまい、虚偽報告があり、情報のコントロールがあるだろう。

 

モリカケも、桜も、文書隠蔽、改ざん、出してきても黒塗り、記憶も消えたから何も分からない、潔白なんだから真摯に丁寧に説明したいが捜査中なのでコメントを控える、説明責任を果たしたか否かは国民が判断する、選挙違反、公私混同、異論は聴こえない、排除、言い訳、嘘、ふり、国会を愚弄し、国民を愚弄する、こんな異常感覚の破廉恥デタラメ政権を支持し続ける人たちの感覚こそ問われなければならない。

 

日本人は、日本語は、議論するのに不向きでできているのか。

 

英語には、敬語がない、男女の使う言葉に違いがない、だから、平等に、熱く、がんがん議論し合えるのか。

 

日本語の場合、上下関係を意識させられ、あろうことか司法まで階級構造に組み込まれ、忖度しなければならなくなる、そんな情けない言葉なのだろうか。

 

読み書きソロンを習って身につけるのは浅知恵ばかりで、愚かな指導者ばかり登場してくるから、世襲議員が何やらの光を輝かせて当選してくるから、核、環境、エネルギー、格差、食料、領土、そして公衆衛生の問題について、議論しない、できない、貧相で珍漢な物言いばかり繰り返し、自らを貶め、国民を傷つけ、国の品格を落し、地球を壊し続けている。

 

人事で睨みをきかせて7年かけて築き上げたこの権力構造は、相当に醜い、見苦しい。

 

言葉によって育てられてきたはずの日本だったが、お友達以外とは言葉を噛み合わすことのできない、そんな視野狭窄の無能政治家によってこの国は滅びて行くのか。

 

私たちには緊張感がなさすぎる、議論しない、どのようにして、そしてどのようなエネルギーを確保すればいいか、環境を破壊する元凶はそもそも何なのか、何が人と人、国と国の間に大きな格差を生むのか、水や食料の質がなぜ問われなければならないのか、お隣りさんとの境はどうなければならないか、読み書きソロバンは習ったような気がするが、知恵足らずで、何の見極めもつかないのはなぜなのか。

 

言葉は互いの投げ合いによって強く逞しく美しく洗練されなければならない、時には異質な言語との激しい打ち合いによって。

 

日本語が3種類の文字から成り立っていること自体特殊な言語体系で、特殊な表記法なのか、考えることを放棄させ、議論させない言葉なのか。

 

最も古い文字が漢字で、飛鳥後期から奈良・平安時代にかけて音声重視の万葉仮名、平安中期にカタカナとひらがなを誕生させ、敬語をふんだんに織り交ぜて、今日に至った日本語。

 

発声音は、奈良時代までは8つの母音が存在し、平安末期に5母音に減った、江戸時代になるまでエは [je]、オは [wo] でした。

 

慶長14年(1609)にオランダの東インド会社が平戸で貿易を開始し、鎖国となってからも交易を継続したので、アルコール、レンズ、カバン、リュックサック、ペンキ、コーヒー、ゴム、コップ、レッテルといったオランダ語が定着。

 

室町後期から江戸初期の交易の相手国であったポルトガルからも、オルガン、タバコ、パン、カルタ、カステラ、ブランコ、チョッキ、ボタン、カボチャ、テンプラ、バッテラなどが流入、定着。

 

当時のヨーロッパは儀式を重んじるカトリックと聖書中心のプロテスタントが対立していて、プロテスタントが優勢になり、カトリック勢がアジアに目を向けたのです。

 

ポルトガル王の要請で東インドに派遣されたフランシスコ・ザビエルは1549年に鹿児島に到着、他の宣教師たちも日本人に深くかかわり、多くのカタカナ語を残しました。

 

人びとは地域ごとに異なる言葉を用いて話していましたが、寺子屋の普及で文盲がなくなり、世界一の読み書きソロバンのできる民族になった、素読、講義、会読によって考える力も付いた。

 

とは言っても、封建社会の身分は固定し、世襲は残り、上下関係は残り、武士の言葉は相変わらず漢語を用いた文語調。

 

明治になって、医学用語はドイツ語、鉄道用語は英語、芸術用語はフランス語起源のものが使われ、法律も、聖書も、相変わらずの文語調、シェイクスピアも、説明的で、長ったらしい翻訳ばかり、日本語が洗練されるということはありませんでした。

 

語彙の成り立ち、語配列の仕方、発声、リズムなど言葉の歴史的変遷を多少とも知るならば、何気なく見ていた語彙に新しい視点が加わり、味わいのある表情が見えてくるのではないか、振り返って日本語の可能性も広がってくるのではないか。

 

ヨーロッパ中世の人びとは、畑を耕し、教会で祈り、外敵が侵入してくれば城壁内に逃げ込み、自由に、気儘に、その土地の言葉を交わして暮らしていました。

 

農民や肉屋、織物屋、煉瓦職人に書き言葉は必要ありませんでした。

 

1066年のノルマン・コンクェスト以降、大量に流入したフランス語の語彙が上品で高尚な香りがしたのか、王侯貴族、紳士がフランス語を話し始め、これを見習う者が出てきたために、英語はロマンス語っぽく姿を変えたのです。

 

語彙は意味を広げ、ニュアンスの違いを伴って変化し、綴り字が変わり、発音が変わり、アクセントが移動して、大いに洗練されて?英語史を形づくることになりました。

 

一方で、王宮や僧院と無縁な、読み書きソロバン教育を受けることもなかった農民や商人、職人たちは、文字の書ける者たちを蔑み、悪党呼ばわりすることもあったかもしれません。

 

『ヘンリー6世』第2部にこんな場面が。

 

 

All. God saue your Maiesty.

Cade. I thanke you good people. There shall bee no
 mony, all shall eate and drinke on my score, and I will
 apparrell them all in one Liuery, that they may agree like
 Brothers, and worship me their Lord.
But. The first thing we do, let's kill all the Lawyers.
Cade. Nay, that I meane to do. Is not this a lamenta-
 ble thing, that of the skin of an innocent Lambe should
 be made Parchment; that Parchment being scribeld ore,
 should vndoe a man. Some say the Bee stings, but I say,
 'tis the Bees waxe: for I did but seale once to a thing, and
 I was neuer mine owne man since. How now? Who's
 there?
 Enter a Clearke.
Weauer. The Clearke of Chartam: hee can write and
 reade, and cast accompt.
Cade. O monstrous.
Wea. We tooke him setting of boyes Copies.
Cade. Here's a Villaine.
Wea. Ha's a Booke in his pocket with red Letters in't.
Cade. Nay then he is a Coniurer.
But. Nay, he can make Obligations, and write Court
 hand.
Cade. I am sorry for't: The man is a proper man of
 mine Honour: vnlesse I finde him guilty, he shall not die.
 Come hither sirrah, I must examine thee: What is thy
 name?
Clearke. Emanuell.
But. They vse to writ it on the top of Letters: 'Twill
 go hard with you.
Cade. Let me alone: Dost thou vse to write thy name?
 Or hast thou a marke to thy selfe, like a honest plain dea-
 ling man?
Clearke. Sir I thanke God, I haue bin so well brought
 vp, that I can write my name.
All. He hath confest: away with him: he's a Villaine
 and a Traitor.
Cade. Away with him I say: Hang him with his Pen
 and Inke-horne about his necke.
 Exit one with the Clearke.

 

 accompt = account    Obligations = Bonds    Emanuell = Emmanuel

 神と共にあるの意、男の名  proper = handsome

 

                  4.2.

 

一同 国王陛下万歳。

ケイド いやどうもどうも。そのときが来たら金なんかは

 いらねえから、飲み食いはぜんぶ俺の付けにしてやる、それから

 みんなに同じ服を着せてやる、みんな仲良く

 兄弟みてえになって、俺を王様として尊敬するだろう。

デイック まず第一に、法律家連中を皆殺しにしちまおう。

ケイド ああ、俺もそう思う。嘆かわしい

 じゃねえか、罪もねえ子羊の皮で

 羊皮紙をつくってよ。その羊皮紙に何か書き込んで、

 人さまを消そうってんだから。蜂が刺すって言うが、何だろ、

 刺すのは蜂の蜜蝋のほうだろよ。一旦蝋に印を押してみろ、

 俺は二度ともとの俺じゃなくなる。何だありゃ?何者

 だ?

 書記登場。

織物屋 チャタムの書記だ。読み書き

 と、ソロバンができる。 

ケイド おおけしからん。

織物屋 ガキどもに字を書いてみせた。

ケイド 悪党だな。

織物屋 赤い字で書いた本をポケットに入れてやがる。

ケイド なら魔法使いかこいつ。

肉屋 それに、証文をつくる、法廷用の

 文字で書いて。

ケイド 気の毒に。まともそうな男だよな

 見たところ。有罪の証拠がなけりゃ、生かしてやりてえ。

 おいこっちへ来な、じきじき取り調べてやる。おまいさん

 名は?

書記 エマヌエル

肉屋 こいつら本のしょっぱなにそう書きやがる。そいつは

 具合が悪いんじゃねえか。

ケイド おめえは引っ込んでろ。いつもそんな名前を書くのか?

 それともしるしで済ませるのか、善男善女

 並みに?

書記 神様のおかげで、立派に教育を受けました

 ので、字で名前を書きます。

一同 白状したぞ。引っ立てろ。悪党だ

 謀叛人だ。

ケイド 引っ立てろ。縛り首だペンと

 インク壺を首に下げてやれ。

 一人が書記を連れて退場。

 

 

シェイクスピアはこんなせりふの向こう側に何を見ていたか、ちょっと歴史を感じさせられます。 

 

シェイクスピア自身が造った語彙や言い回しの洗練はたくさんあって、語を組み合わせてフランス語っぽくリズミカルな波をつくり、その波がこちらの思考回路に流れ込んで、なにやらの立体迷路が四方に広がり、共鳴共振できるイメージとなり、人間知と人生知が広がる、人間力もつく、そんな気分になれることから、ああいう人、こういう人、なりたい自分に変身して行けるような、いや、思ってもいないような自分にまで変貌していけるような気分になっていることに気づかされたり。

 

そんなことが自覚できたというのであろうか、シェイクスピアを翻案した作品は世界に一千以上あるらしい。

 

とは言っても、日本におけるそれらは皮相にストーリーを追いかけるものが多く、自分の母語の洗練ということにはなっていない、翻訳は冗舌に長くなりリズムを失い、誤訳も目立ちます。

 

シェイクスピアの英語を、モダーン・イングリッシュの始まりを、原文を、声を出して読んでみないかぎり、いつまでたってもシェイクスピアを真に読み書きソロバンできるようにはならないんじゃないか。(2020.2.4)


 

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| - | 08:23 | comments(0) | - | pookmark |
毎日が雨降りだから、でもー 『十二夜』5幕1場

 

ビーン(been)は、往って、帰って来て、いまここにいるの意、なんてことにはならなくて、ゴーン(gone)と往ってしまって、もうここにはいない、レバノンにいる、こんな事件で幕開けした2020年。

 

桜だの、IRだの、保釈中に逃亡だの、権力や地位を持つ者が好き放題のことを。

 

それにしても、旅券を4通、そのうちの鍵付きケースに入ったフランスの旅券を持っていて、クリスマス用楽器ケースに隠れて関西国際空港から記録を残さずに出国、入国時にはフランスの旅券を使った?

 

レバノン外務省の声明によれば、この脱出劇はすべて個人的な事柄であり、合法的である?

 

何なんだ、これは。

 

日本の長期政権の緩みが日本の司法全体にも及んでこんな間抜けな事態を生んだ。

 

何が起こってもおかしくない雨降りの状況が続いていて、でだしから危うい令和2年、早や1週間がを過ぎようとして、きょうはもう1月6日。

 

1601年の1月6日、ロンドンの宮廷では、シェイクスピアの『十二夜』が初演されていました。

 

十二夜とは、クリスマスから12日目のエピファニー(Epiphany、顕現日)、つまり、キリスト生誕に際して東方の三博士がベツレヘムを訪れた夜のこと。

 

『十二夜』の主題歌と見なされているのがフィナーレでうたわれるフェステのバラッドです。

 

男女ともに貧しい、仕事にありつけない、恋焦がれる人に真心のこもった祈りを捧げたいが、無職無収入の身、たとえ嘘をついて結婚しても、心休まらず酒を浴びるばかり、そんな切ない状況をうたった酒場歌。

 

当時うたわれていたのか、シェイクスピアが手を加えたのか、あるいはシェイクスピアのオリジナルナンバーなのかは不明。

 

 

 When that I was and a little tine boy,

 with hey, ho, the winde and the raine:

 A foolish thing was but a toy,

 for the raine it raineth euery day.

 

 But when I came to mans estate,

 with hey ho, &c.

 Gainst Knaues and Theeues men shut their gate,

 for the raine, &c. 

 

 But when I came alas to wiue,

 with hey ho, &c.

 By swaggering could I neuer thriue,

 for the raine, &c.

 

 But when I came vnto my beds,

 with hey ho, &c.

 With tospottes still had drunken beades,

 for the raine, &c.

 

 A great while ago the world begon,

 hey ho, &c.

 But that's all one, our Play is done,

 and wee'l striue to please you euery day.

 

   swaggering = bullying  tospottes = drunkards


    俺が餓鬼の頃にゃ、

 ヒャッ、ホー、風吹き雨が降る。

 馬鹿なことしても知らん振り、

 毎日が雨降りだからさ。

 

 それが大人になってみりゃ

 ヒャッ、ホー、風吹き雨が降る。

 ワルにもドロにも締め出された、

 毎日が雨降りだからさ。

 

  嫁とる頃ともなりゃ

 ヒャッ、ホー、風吹き雨が降る。

 法螺吹いてちゃ食ってはいけない、

 毎日が雨降りだからさ。

 

 寝床にもぐってみりゃ

 ヒャッ、ホー、風吹き雨が降る。

 酔った頭がまだふうらふら、

 毎日が雨降りだからさ。

 

 だいぶ前だよこの世の始めは

 ヒャッ、ホー、風吹き雨が降る。

 それもよいよい、芝居はおしまい、

 日毎励んでご機嫌伺いましょう。

 

 

シベリウスの歌曲「シェイクスピアの十二夜による2つの歌」のうち、第1曲「来たれ、死よ」は2幕4場で公爵が自分の行き場のない恋心を慰めようと道化を呼んでうたわせる歌、第2曲「ヒャッ、ホー、嵐の中でも雨の中でも」は締めくくりのこの小唄、雨風に震える者がうたうのにふさわしい曲。

 

後に、『リア王』3幕2場の嵐の場面でもうたわれました。

 

  He that has and a little-tyne wit,

  With heigh-ho, the Winde and the Raine,
  Must make content with his Fortunes fit,
  Though the Raine it raineth euery day.
  
  頭に知恵の足りない奴は、

  ヒャッホー、風吹き雨が降る、

  運が悪いと諦めな、

  毎日が雨降りでもさ。

 

 

宿無しは野宿が当たり前で、風と雨の辛さが身に染みる生活を送らなければならない、避難所に行っても断られる。

 

けれども、ある場所を訪れるなら、なんとか気持ちを奮い立たせて夢を見ることができる、雨が降ろうが、風が吹こうが。

 

そう、劇場、芝居小屋、ここしかない、パン一切れの値段の木戸銭で入れてもらえる。

 

引きつった頬を緩ませてくれる、楽しませてくれる、そんな思いからシェイクスピアの一座は興行に励んだのです。

 

オーシーノーがオリヴィアを見限り、あらまあと言う間にヴァイオラが恋の情けの女王様になることは、オリヴィアがヴァイオラ扮するシザーリオでなく瓜二つの兄セバスティアンと結婚してしまうのは、絵空事の芝居の出来事としても可笑しな話なんだけれども、それもこれも思い人への胸焦がす恋、それが結婚の夢、観客は誰しもこの見事に成立した二組のカップルに喝采を送ったはずなのです。

 

恋の縺れと結婚の落ちを観客は自然の成り行きとして祝福した、それが『十二夜』という芝居だったのです。

 

劇受容の核心部分がここにあるのであれば、一見捉えどころのない劇に見えても、問題劇なんかではない。

 

この世に居場所を見つけよう、あるいはつくり出そうともがき苦しんでいる登場人物たちに感情移入し、想像力でカバーしてあげるならば、これは紛れもない傑作喜劇、十二夜の意味をもう一度学び直してもいいのではないか。

 

イエス・キリスト(ラテン語でJesus Christus)誕生の物語(ルカによる福音書2章1〜7節)によれば、イエスが生まれたのは住民登録のためにヨセフとマリアがベツレヘムというダビデの町に出かけていった旅先、あたりはもう真っ暗、断られるばかりでもう宿はない、身重のマリアは月が満ち、身を横たえられる場所は牛やロバのいる家畜小屋しかない。

 

東方の三博士(占星術の能力を持ち合わせる者で、異教の国、放浪の地に住む人びとの代表者)は星に導かれてベツレヘムを訪ね、布にくるまれて飼い葉桶で寝ている赤ん坊に礼拝して貢物を、こんなストーリーを記念する日がクリスマスの12日後に当たる1月6日の夜なのです。

 

アダムの子カインは、弟のアベルを殺して、神罰を逃れてエデンの東、ノド(つまり神に呪われた流浪の地)に住んだが、どこにも居場所がない。

 

だから、自分を守るために、貪り、奪い、町を建て、権力者になろうとする者は、こんな放浪するカインの生きざまを受け継ぐ者とされて、神に背く征服者となったのです。

 

そんな放浪の地、つまり東方からやってきた3博士は、ひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げたのです。

 

黄金はイエスが諸王の王と呼ばれる存在であることを世界に示した、乳香は樹液からつくられた高価な香料で、イエスが神から油を注がれた者(キリスト)である、没薬は死者を葬るときに防腐剤として塗られるもので、世の罪を負い、神の子として死に、この世に復活することをそれぞれ意味しています。

 

そう、3博士は神から見放された地からやってきて、イエスの苦難の生涯を象徴するにふさわしい贈物を捧げたのです。 

 

救い主は飼い葉桶に寝かされた小さな赤ん坊である、ルカはわざわざこんなイエス誕生のエピソードを記録に残し、後世の人びとの忘れ得ぬ記憶としたのです。

 

宿屋も仮の宿屋も満室だと断られて、困り果てた二人はたまたま見つけた家畜小屋に入り込んで体を横たえたとは、つまり、この世にキリストを迎える場所はない、家畜小屋しかない、救い主を受け入れない人間ばかりで、飼い葉桶だけがイエスを受け入れた、ルカはそういう風に教えたのです。

 

非情な暗闇のなかで生まれた幼子だったが、光を放っている、闇のなかに光る飼い葉桶こそがキリスト教では救済の歴史を語る上での出発点になるものなんですね。

 

私たちは無力ですが、飼い葉桶くらいにはなれる、飼い葉桶になってイエスを迎え入れることはできるのです。

 

神は貧しい家畜小屋にイエスを送り、このパラドクシカルな関係性のなかに私たちは神の愛を感じとることはできます。

 

そのようなストーリーに私たちを巻き込む神様は大変な皮肉屋さんなのでしょう。

 

ユーモア大好きなお方、偉大なストーリー・テラー、愉快なエンターテイナーなんですね、きっと。

 

闇が深まりつつあります、どうか新しい年があなたに天来の光を届けてくれますように、あなたのやさしさがあなたの周囲を温かく包んでくれますように。(2020.1.6)

 

 

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来てくれ死よ−『十二夜』2幕4場

 

ローマ法王の呼称が来日をきっかけに教皇と改められました。

 

新教は法王、旧教は教皇と呼んでいたのですが、これでいいんですね、スッキリして。 

 

教皇は、どんな複雑な状況下にあっても言葉や行動に偽りがあってはならないと説いておられます。

 

枯れ葉舞う弁天の森を散歩していても、ひたぶるにうら悲しくなるのは、ズルして優勝し続ける横綱と、嘘をついて長期政権を維持し続ける為政者がいるから。

 

金銭や権力、地位、名誉に欲のない人はいます、風吹くままに飄々と漂ってはいるが、歌をうたうことはできる、そんな人が。

 

『十二夜』は『お気に召すまま』と並んで劇中歌が多く、浮浪者風情の男がうたう小唄(バラッド)が劇の主題に絡みます。

 

オリヴィア姫の侍女マライアによれば、道化(Clown)は屋敷を留守にしてどこかよそをほっつき歩いているようですが、どうやらオリヴィア邸とオーシーノー邸との間を往き来しているらしい。

 

2幕4場でオーシーノーの求めに応じてうたうのは失恋の歌、公爵の片思いとその思いに応えないオリヴィア姫の無慈悲を皮肉っているのです。

 

相当な事情通として、恋の縺れという複雑な劇的状況に深くかかわってくるので、油断できません、この放浪者だけは。

 

 

 Come away, come away death,

 And in sad cypresse let me be laide.

 Fye away, fie away breath,

 I am slaine by a faire cruell maide:

 My shrowd of white, stuck all with Ew, O prepare it.

 My part of death no one so true did share it.

 Not a flower, not a flower sweete

 On my blacke coffin, let there be strewne:

 Not a friend, not a friend greet

 My poore corpes, where my bones shall be throwne:

 A thousand thousand sighes to saue, lay me ô where

 Sad true louer neuer find my graue, to weepe there.

 

   Come away = Come hither   Ew = Yew spring  

 

                              2.4.

 

来てくれ、来てくれ死よ、
この身を糸杉の棺に横たえてくれ。

飛んで行け、飛んで行け息よ、
私は無慈悲な乙女に殺された。
白布を、イチイの枝で、包んでくれ。
死んだらみんながそうしてもらうように。
どんな花も、一輪の花も
私の黒い棺に、投げないでくれ。

友だちも誰も、覗かないでくれ
私の屍を、骨が投げ込まれたところを。
溜息もつかないでくれ、そのままに

あの娘が私の墓を見て、泣くこともないから。

 


歌詞のなかの男はいま風に言えばギター片手の流れ者、女は流れ流れての飯炊き女か、ともに世間にかかわりを持てずに人知れず消えて行くしかない、そんな世をはかなむ嘆き節。

 

でありながら、惹かれた女に抱く束の間の甘く淡い夢、シェイクスピア劇のバラッドのなかでは最もよく知られているものです。

 

そんな歌をうたうフェステは道化としてはちょっとはみ出しているかもしれません。

 

たとえば4幕2場、マルヴォーリオが閉じ込められた地下室は地獄のように真っ暗、トーパス牧師になりすますには声色だけで十分、であるにもかかわらず、フェステは髭とガウンで変装しています。

 

トーパスになったり、地声を出して道化になったり、灯りと紙とインクを持ってきてやると言い残してうたう小唄から分かるのは、フェステは中世の道徳劇に出てくるヴァイス(Vice、悪魔)の後裔であるということ。

 

ヴァイスは驢馬の耳のついた帽子を被り、長い上着を羽織り、薄い木片の短刀をぶら下げている、そんな格好でマルヴォーリオを悪魔に憑りつかれたきちがいとからかうあたり、フェステは通常の職業道化の範疇を越えてエンターティナーとして振る舞っています。

 

心づけをもらい、歌やお笑いで盛り上げ、変装して悪戯に参加し、表向き道化という役割でありながら、はみ出しのアウトロー(outlaw、無法者)でもある、そんなフェステの魅力は、運命の女神など意に介さずに自立した独自の世界を持ち、自由気儘に暮らし、しかも歌もおふざけも玄人肌、そんなところにあるでしょうか。

 

フェステは明らかに当時の大道芸人なのであり、シェイクスピア時代の典型的な放浪者(wanderer、drifter、vagabond)像から生み出されものなのです。(2019.12.3)

 

 

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