シェイクスピア朗読

シェイクスピアについて徒然に綴るブログです
うちむら としのり
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はじめまして、シェイクスピア朗読のうちむらとしのりです。昭和15年8月3日、中国との戦争が4年目に入ったころ、空はピカピカゴロゴロ天上天下唯我独尊の気配のなか、房総半島の安房鴨川に生まれました。

記憶の先?海でなく台湾中部山岳地帯の緑の中、父がこの地に渡って日本人学校で教え、引き続き勃発した太平洋戦争の戦況厳しく、山中深く疎開していたのでした。

見えてくるのは、山岳少数民族部落の茅葺きの家、獰猛な面構えの台湾アヒル、棕櫚、竜眼、パパイア、マンゴウ、サンコタイ(トカゲの一種、ひょうきんでかわいい)、ヤモリ、蛇の類い。耳に残っているのは父がうたう中華民国台湾の国歌「サンミーン チューイン ウータン ソ―ツォン イーチェ ミンコ イーチェ タート ツーアル トース ウェミン チェンコ〜〜〜」

空高く赤トンボの大群は本土を目指し、やがて終戦。家族5人、キールンから貨物船に積み込まれて神戸港に。そんなことから私の幼児の思い出には疲弊した人びとの群れが影法師のごとくに張りついています。

九州の南、すり鉢状に広がる都城盆地、島津藩誕生の地、ほとんど鹿児島のエリア、3.11まで噴煙情報かまびすかったあの霧島連山新燃岳の麓。ここに爺が待っていました。猟師で、犬と一緒にキジを追い、生業に蚕を飼い、村会議長を務めた人。

景観保存を頑なに主張して<直左ヱ門曲がり>をいまに残し、村ではじめて自転車に乗ったという伝説の持ち主。先祖は山伏で、大宰府あたりから流れてきたのか、丸に梅鉢を担ぐ田舎政治家の家系。立派な鼻髭を蓄え、背筋を伸ばし、早朝に大音声を発して朝日新聞を音読して私の目覚まし時計がわりに。

藁草履を結い、履き、「週刊スリラー」(当時)を買い、杖を持ち、足をのばして庄内の菩提寺に。午後、私にお湯と醤油を用意させ、袋から粉を取り出してソバガキを。いつもどこかで見守られていたようで「としのい、そげなこつすっと いかんじ わら」と。

爺と同じく鼻髭を蓄えた父は国漢の教師で、神社でカシワデを打ち、釣り針をいじり、豆腐を食べ、黄粉を舐め、ソツを飲み、短歌をひねり、詩の朗読をしきりに私にさせたがった。夜、ほろ酔い加減の父の前に正座させられ、顎を引け、下っ腹に力を入れろと言われながら、分けもわからずに、「いじょうのちょうう けいじんをうるおす〜〜〜」。姉と弟はこの苦行とは無縁でした。

父の枕元には老眼鏡、大槻文彦の大言海、釈超空全集、角川の教科書、黒の万年筆、ノート、耳掻きの七つ道具が置かれ、黒いバカでかい閻魔帳にはミミズが這いずったようなモンゴル語で何やら呪文めいたものが。ガーガーと鼾をかき、寝言で「うん?まんようでなく、まんにょう」などと言っていた。食卓の作法にうるさく、正座して私は黙々と食べ、魚の骨は焼いてこいと言われて頭から尻尾までまるごと残らずかじっていた。

爺は市長に顕彰されるほどに長生きし、父は早死した。テゲテゲにしておけばよいものを、ナンコを打ちソツを飲みすぎたのです。いまは 二人ともやさしかった母と一緒に菩提寺の納骨堂に静かに眠っています。

因子は巡り、私は一日飽かず「肥後の守」でパチンコを作っては雀を追いかけ、自分でつくった釣り竿をかついでフナやハヤ釣りに。猟と漁の場には溢れるばかりの花鳥風月があった。夏休みにはそれらを絵日記に。忘れていたそれらの絵日記を父は残らず残していてくれた。

成長期に正座し複式呼吸をさせられ、魚の骨をかじらされたおかげで歯は1本も欠けず、なりは小さく、声は太く、校内放送で詩の朗読を、学芸会で浦島太郎を、学校代表で虫の観察記録発表を、運動会で応援団長をやらされた。絵を描けば金や銀がぶら下がり、一枚はユネスコに渡り、2市3郡の中学校演劇大会では演技賞を受賞。

父も通った地元の伝統高校に入り、卒業と同時に東京芝の明治学院大学英文学科に入学。朗読的人生を目指して放送研究会に入り日夜舌と顎を動かし、TBSで声質テストを受け太鼓判を押されたが、抜けきらぬ薩摩弁、60年安保闘争の余韻のなかアナウンサー修業を断念、方向転換。三神勲先生にロミオとジュリエットを教わり、大場健治先生指導の英語劇マクベスに駆り出され端役を一杯押し付けられてシェイクスピアに開眼。

都内の私立高校で3年教え、明治学院大学大学院に入ったときには長女が生まれていた。甲府の山梨英和短期大学(当時)研究助手から専任講師となる頃には2姫1太郎の父親に。3年後東京に舞い戻り、明治学院大、武蔵野美大、明大法学部の非常勤講師をしながら現代演劇研究会に所属、オニール、オルビー、サイモン、ピンター、エイクボーン、ストッパードらをシェイクスピアとの比較で読み続けました。

池見酉次郎の心身相関論、佐保田鶴治ヨーガ、アクターズ・スタジオの演技メソッド、野口三千三体操、山田無文の禅講話などを。心身一如、身土不二、調身・調息・調心、気、呼吸、脳波、瞑想、座禅・動禅・走禅への興味が高じて青梅の坂に挑戦。誘われて走った河口湖マラソンの記録は3時間59分57秒の4時間切り、ただし35キロ地点で右足に激痛が走り疲労骨折。

骨?大丈夫、強く再生して、千葉さくらマラソンと筑波マラソンに挑戦するも、マラソンは時間にこだわり、エンドルフィンに騙されて心臓と身体に負担をかける、活性酸素を生むと判断。

土と野菜と微生物と七星テントウ虫に魅了されて、見つけたのが埼玉県富士見市南畑の有機農法農園。ご夫婦、小さなお子ら3人、お爺ちゃん、お婆ちゃん、烏骨鶏、しろちゃん(山羊)が待っていてくれた。畑と田んぼの草とり、蜂蜜、シイタケづくり、味噌づくり、干し柿づくり、落ち葉堆肥づくりなどを。古希を迎えてマイカーを手放すまでの30年間、妻とともに暇をみつけてはせっせと農園通い。いまは息子さんご夫婦が種の自家採種・無肥料自然栽培農法として継承、週に1回採りたての新鮮野菜を運んできてくれる。感謝の極み。

縁あって群馬県太田市の関東学園大学法学部新設にかかわることに。香港が条件付返還され、中国が徐々に存在感を増してきた頃。定年退職された名だたる法律学者や弁護士、各国の大使経験者が目白押しの教員スタッフで、雰囲気、居心地、ともにすこぶるよろしく、学部の東アジア国際関係研修団結成に参加。毎年学生を連れて台湾や香港の議会、裁判所、政党本部、総統府、選挙開票所、監獄、最先端企業、大学の国際関係学部や日本語学部などを表敬訪問。

ありがたくも、英、米、フランス、ロシア等への学会出張をさせてもらい、かたじけなくも、中国、インド、インドネシア、タイなどアジア諸地域の演劇事情調査を。各国各地域の演劇事情から見えてくるものは多かった。目に焼き付いて離れないのが空から見えるアジア太平洋圏の海辺の風景、上流の森林が伐採されて赤茶色の地肌を晒し、海に茶色の水が流れ込んでいる。

授業では、英語と文学(演劇)に加えて、中国、台湾、韓国からの留学生に日本語と日本事情などを教えていた。就職副部長という肩書きもあって、就職支援講座の司会をしたり、北関東エリアの企業を訪問したり。就活知識、自己分析、整理法、スキルアップ、コンピテンシー、PLAN-DO-SEEなどがテーマとなった。大企業の車メーカーが、子会社の、孫会社の、零細企業の仕事で成り立っていることを目の当たりにしてこの世の仕組みを垣間見たような。

それにしても、いまどきの若者、自分のこれという意見がなさすぎはしないか、世間がこうでみんながああだからと自分の手でわが人生を摑み取ろうとしない、と嘆きつつわが身を振り返って不知への気づきに襲われた。

時の流れは如何ともし難い。人づくりには時間がかかることながら、いまの大学教育に気長さは通用しない。グローバル化と情報化の波をかぶり、この国は世界一の実務型人間教育を掲げて日本人はみな国際人にならなければならなくなった。英検の面接委員もやってはいたが、大学の英語教育はTOEIC受験一辺倒に傾斜してやや疲労気味。大学システムの大綱化と見直し、続くアメリカ型法科大学院の設立で司法の仕組みが一変、この流れが新設法学部を直撃。

2004年3月、やり残したものを堆積させたまま法学部教授を定年退職。新設法学部は時代の変化に抗えず退職後数年目に役割を終えたようである。70歳となり、非常勤講師をしていた明大法学部と武蔵野美大通信教育学部も定年退職。

所属した学会は日本シェイクスピア協会、現代演劇研究会、日本演劇学会の三つ。残したものは単著として『シェイクスピアと現代劇』(関東学園大学研究叢書)、共同執筆の『シェイクスピアの四季』(篠崎書林)、共訳の『シアターゲーム―ゲームによる演技レッスン』(劇書房)などほんのひとつまみ。大学受験生相手の英文法問題集(学研)など2冊、教科書として Method Acting(学書房)とニール・サイモンの戯曲(北星堂)。

いまは埼玉県ふじみ野市のマンションに妻と二人暮らし。近くに住む孫たちに運動会、音楽会、水泳大会、バレーの発表会に招待されています。乞われて近くの小学校の放課後子ども教室のコーディネータとして週に1度子どもたちと一緒に校庭を走り回ったり、ABC Songをうたったり、地域に取材した歌留多や紙芝居をつくったり。

思い高じて地域学習活動団体「おらほう来ねか大井郷」(評定会議の座長を務める)を立ち上げ、武蔵野を道中(歴史散歩)し、地域の自然と歴史を学ぶ寺子屋を開き、瓦版(年2回)を発行。ほかに近くの公園愛護会の会長、傾聴ボランティアとして施設訪問、週2回英語学習支援などを。市自治基本条例策定市民協議会、市総合振興計画審議会、市放課後子ども教室運営委員会と動いてきたが、もう会議には遠慮したい。

振り返れば、この世に一滴の雫を落とすこともできない不器用者、大器晩成と言われ続けて大器ならず、晩成もせず。いろはにほへどちりぬるをわがよたれぞつねならむ、はじまりはいつかの昔、終わりはいつかの明日とは知りながら、なおこだわりがあり、もどかしさがつきまとう。

爺と父の朗読DNAを受け継いでブログ発信を思い立ち、曰く、うちむらとしのりウェブ大学シェイクスピア朗読教室。芸術は繰り返し新しく伝えられなければ枯れる、勇を鼓して新たなる語り部たらんと。おかげさまでと言うべきか、心ある読者の賛同を得て、年齢とは裏腹に日々若返っていく新鮮奇抜なる気分を味わっています。賢人に倣い徒然なるままに243段を往き来するあたりまで筆を起こしてまいります。



         シェイクスピア朗読ワークショップへのお誘い

行政施設などを利用して新しい自分に出逢う体験を。ちょこっとディスカッションし、朗読のためのからだづくりとヴォイストレーニングを行なって、一つの作品の日本語訳または原文のせりふで場面づくりと朗読実践。ご用意いただくのは集会所のみ。黒板、マイク、その他不要。午前または午後、日帰りできる東京・千葉・神奈川・埼玉あたりの範囲内で。5〜10人程度か?訪問時間は3時間まで。費用として5,000円のほかに交通費(実費)を申し受けます。

          お申込み・お問合せ先

         シェイクスピア朗読教室
          
              内村 世紀(としのり)

 Tel&Fax: 049-267-0248                        
    Mail: shaks1564@gmail.com


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